デジタルエンタテイメント断片情報誌

デジタルな話題もそうでない話題も疎らに投稿

もう一つのバッハ『ゴルトベルク変奏曲』(コフレル編)

こんな時代だからこそ、ジャケットをデカデカと載せた上にチョロっと鑑賞の備忘、で終わりたくないものだ。文章でも呟きでも。もう呟き、じゃなくなったか。

他意はない。などと書くだけでもうアリアリか。いやむしろ、自戒を込めている。

ちょっとスマホやPCを駆使すれば、未知の音楽にも、知っていた音楽にもすぐ会えるのだ。どうせ発信するなら些細でも手持ちの情報や興味関心を添えたい。役に立つかはわからないが。そんな曲と録音があるので紹介したい。


トレヴァー・ピノックがJ.S.バッハの『ゴルトベルク変奏曲』を室内オーケストラ版の珍しい編曲で指揮した録音が、近年になって発売された(Linn Records)。コフレル編である。編曲者についてはHMVやタワーレコードといったショップサイトに情報がある。同じことを転記してもしょうがない。とにかく、他の版とは一味違う、木管楽器を活かした素敵な編曲だと思う。


このディスクは日本でもそこそこヒットした様子だ。また配信サイト、例えばSpotifyを見てもそれなりに再生されているのではないか。

ただ実際聴いてみると、上記ショップサイトの宣伝に出てくる”明晰”、”晴朗な響き”といった表現とは、私の印象は若干異なる。精緻なのは確かだが、やや四角四面、生真面目な演奏のような気がする。整い過ぎている。おとなしい。充分聴ける演奏だが、楽しさに欠ける。

なぜそう感じたか。ひょっとしたら、この編曲・録音を初めて聴いていたら、もっと鮮烈な印象だったのかもしれない。


実はこのコフレル編、記事冒頭で「珍しい」と書いたが、宣伝等で触れられていない世界初録音が既にある。ポーランドの女性指揮者、アグニェシュカ・ドゥチマルがポーランド放送アマデウス室内管弦楽団を指揮した録音(Polskie Radio)である。実は以前から私はこの録音でコフレル編に親しんでおり、今回ピノック盤でこの編曲が注目されることにさして感銘は受けなかった。

このドゥチマル盤が大変素晴らしい。愉悦、浮遊感、まさに歌い踊る心地良さ、息遣いはこちらの演奏に軍配が上がる。技量の話を脇に寄せておきたくなる、楽しさがここにあると思う。いや、技術も引けを取らない。特に木管楽器の弾むような演奏が聴きものだ。収録状態も大いに寄与しているのであれば、尚の事評価したい。配信で聴いてもその印象は変わっていない。ディスクを探さずとも、まずは聴いてもらいたい。

この録音、ディスク発売当時からして珍しかったが、誰にも注目されていないが故にプレミアもつかず投げ売りになっていた。マーケティングのことは知らないが、指揮者も団体も”売れ線”ではなかったと思う。編曲者のコフレルの話題すら正直記憶にない。個人的にドゥチマルは以前から気になる指揮者の一人で(芥川也寸志のトリプティークや展覧会の絵の編曲版も良い)、幸い手に入れていた。ピノックの方が知名度や盤の流通具合は上かもしれない。再生数が評価ではないが、配信でも殆ど聴かれていないようだ。それでも思わぬ新譜のおかげで、もう少し話題になってよい演奏、指揮者だと再認することができた。


自分は前から知っていた、という優越感に浸りたいのではない。知っていようがいまいが、今や配信でこんなに簡単に聴く手段があるのだ。時流に乗るのもいいが、便利な道具で少しは調べて探して工夫して、大いに趣味を楽しみたい。

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