チャイコフスキーの交響曲第5番ホ短調Op.64のお薦めしたい録音の話をしたい。
モーツァルトの交響曲の記事に”名盤”と銘打ったら、細々と読まれる記事になった。なので性懲りもなく。「名盤」、「決定盤」、「推薦盤」に「特選盤」と分けて、ついでに星の数と点数でもつけますか。
いやいや、他意はない。いつものようにささやかに、ちったあ誰かの音楽ライフの足しになるような話になれば。
知られているようで知られていないの境界
クラシック音楽のファンなら、第1楽章冒頭の主題を聴いた瞬間に「ああ⋯チャイコフスキーか」という交響曲第5番だが、案外通俗(好きな言葉ではないなあ)と言う程には世間に知られてない気がする。バレエ音楽『くるみ割り人形』より知られていないのではないか。モーツァルトのように”店内BGM”としてもさほど聴かない。
それこそベートーヴェンの『運命』やドヴォルザークの『新世界』のような存在になり得る曲なのに、”大衆化”寸前の曲だ。この寸前というのが、まだクラシック音楽ファンに楽しみを与えてくれるのだから、今のうちに堪能しておきたい。
ディスコグラフィ
唐突だが、ムラヴィンスキーが指揮した録音は「もういいや」と思いつつ、気づいたらああいう演奏傾向の録音を探していることはないか。私は大いにある。
別に”完コピ”でなくてよい。甘くなく、冷たく厳しい雰囲気。ときに金管楽器が下品に聴こえたっていい。だがモタれないテンポ設定が望ましい。そして録音やリマスタ、レーベルによる音質の違い云々の話はもう食傷気味⋯そうして辿り着いた録音の話を。今回はムラヴィンスキーの録音は紹介せずにここから始めたい。例によってステレオ録音、Spotifyで聴けるもの中心。便利なものは使わなければ。
まずはセーロフ指揮ヴォルゴグラード・フィルの録音。最近後期交響曲集として発売されたが、例によって第5番はディスク2枚をまたぐ。私は気に入ったのでバラで買ったが、こんなことを気にしなくてよいのがPCオーディオだし、配信サービスだ。
これが、前述の条件を満たす、雑味ない、厳しいチャイコフスキーで素敵な演奏だ。セーロフとムラヴィンスキーとの関係を私がはしゃいで書き立ててもしょうがない。そんなことをしなくとも音楽が語るというのは、このことだと思う。
同系統でテンションの高さと派手さならば、ドミトリエフ指揮サンクトペテルブルク交響楽団のチャイコフスキー後期交響曲(SONY)から。CDは見かけなくなったが、第4番、第5番はSpotifyで聴ける。余白の管弦楽曲も楽しい。
もちろんムラヴィンスキーの話題から離れても第5番は素晴らしい録音が目白押しだ。メジャーな録音ならば、オーマンディ指揮フィラデルフィア管の録音(RCA 4回目の録音)は、甘ったるい演奏では決してない。磨き上げた美しさを聴きたい。それでいて決然とした終楽章にハッとする。SONYより、DELOSの録音よりも私はこれ。これがSpotifyで当然の如く聴ける。
メジャーな録音を疎かにした偏屈なディスコグラフィと思われるのも癪なのでもう一発。セル指揮クリーヴランド管弦楽団。聴く度にEMIはシューベルトのグレイトよりこの第5番を録音すればよかったのに、と思う。この演奏に”遊び”が入ったらと想像すると、ゾクゾクする。するだけだが。SACDはじめ、”高音質”音源とやらが今だ発売されないのがよくわからない録音。そろそろかな?
スタジオ録音とライブで同じことができる指揮者。ストコフスキー。1967年にアメリカ響を指揮したライブ録音(M&A CD944)はスリリングな演奏。こういうのを一度生で聴いてみたい。同収録の日本フィルを1965年に指揮した第4番(!)のライブも凄まじい。だって、これまたアメリカ響とのスタジオ録音(VANGUARD)と同じ解釈なんだもの。
現代でも悠然として分厚い響きが楽しめる録音があるではないか。メケッティ指揮サンパウロ交響楽団の演奏。オーケストラの名前を見て「南国の」「陽気な」といった先入観はなしで。こんな風にSpotifyでパッと色々聴けるのだから。
最後は、今じゃすっかりプレミアもつかなくなった堤俊作指揮札幌交響楽団の1988年のライブ(東芝EMI CZ30-9070)。これは良い。荘厳な第1楽章に、美しい第2楽章。浮かれるような第3楽章、熱気をはらんだ終楽章。札幌交響楽団の話題でもっと挙がって欲しい録音。日本のオーケストラがどうこう言わず、やっぱり聴くが早いと思った録音。
(2023/7追記)第4番の名盤はこちら: