昨年ソニーのUSB DAC「UDA-1」を導入して以来、PCオーディオ・ハイレゾ音源の世界に移行すべく(ささやかに)息巻いている。取り出すのが億劫だったBOX物をライブラリー化したり、購入したハイレゾ音源とCDの音を聴き比べてみたり⋯なかなか楽しい。少なくともこのDACと現在のオーディオ環境を組み合わせて出てくる音に不満はなく、「CDで聴くより音が悪い」といったこともない。比べる楽しみだけでなく、聴くことが楽しみだと主張するなら、尚の事早く移行しておけばよかったとさえ思う。
そんな中、昨年発売された音楽をようやくCD音源とハイレゾで聴くことができた。『映画「ゴジラ」(1954)ライヴ・シネマ形式全曲集』(キングレコード KICC1276)である。2014年の伊福部昭生誕100年、そしてゴジラ生誕60年と新作『シン・ゴジラ』でゴジラのスクリーン復活⋯一連の流れを汲んだ、現代ならではの好企画と言える。
映画「ゴジラ」(1954)全曲版~ライブ・シネマ形式完全劇伴全曲録音(仮)
- アーティスト:和田薫 指揮 日本センチュリー交響楽団
- 発売日: 2016/08/24
- メディア: CD
実は、USB DACの導入はこの音源がハイレゾ音源で発売された(e-onkyoのサイトで購入できる)こともきっかけの一つだった。聴きたい音源があって、それが”良い音”で聴けるの? 本当? じゃあ試してみたい、というわけだ。そういう興味の湧く音源がついに発売された、とも言える。
もともと『ゴジラ』(1954)の音楽を全編上映に合わせてオーケストラが演奏するという試みは、2014年の「第4回伊福部昭音楽祭」で披露されており、この上映形式で観た『ゴジラ』は格別だった。この音楽祭のDVDも、東宝ミュージックのサイトで販売されているので、ぜひとも映像と合わせて浸って欲しい。誤解を恐れず言えば、映画、ゴジラ、伊福部昭⋯諸々のファン必見のディスクだと思う。色褪せないシナリオに、現代では用いられなくなった特撮の技術を駆使した映像は、今の映像技術と比較しても引けを取らない画が少なくない。では音楽はどうか? 現代の音響・演奏技術で演奏すれば、音楽がより映画に寄与するのではないか? その問いに応えてくれた演奏会だった。
また、このような形式で音楽が新たに演奏・収録されることの意義や効果(古い作品の音楽だけ新しくなっても⋯等々)を、特撮ファンであっても訝しく思う御仁もいるだろうから、ここで本多猪四郎の言葉を引用しておきたい。
伊福部さんの音楽は決して一人歩きしない。常に作品の骨組の一本の柱としてしっかりと立っている。しかも音楽だけを聞いても堂々たる作品になっている。だから、録音の時画面を見ないで音だけを聞くのがとても楽しみだった。私はマイクを通さない生の演奏を、演奏室の片隅でよく聴き入ったものである。
『伊福部昭:ゴジラの守護神・日本作曲界の巨匠』(文藝別冊 河出書房新社)P.142「伊福部さんと私」より
音楽に新たな息吹が吹き込まれたことにより映画全体の魅力が一層増しているということ、またその音楽だけでも鑑賞に足る内容であるということ、そして本当に極私的なことですが、本多猪四郎監督の上記エピソードが大変羨ましく、特撮ファンの端くれとしてぜひとも追体験したかったという念願を叶えてくれる試みで、私は大変感謝しています。
それでは『映画「ゴジラ」(1954)ライヴ・シネマ形式全曲集』の、ハイレゾ音源とCD音源の各印象を。各楽器群の音色だが、これはどちらも遜色ない。見通しの良い録音に、金管楽器をギラギラさせ過ぎたりせず、映像を意識したバランスの良い音になっている。元々の収録が成功しているのだろう。こういう比較でありがちな「ハイレゾ音源の方が音の粒立ちが良い」といった印象は、良い意味で、なかった。
また、私が聴く限り、気になるノイズはなかった。もちろん弦を弾いたりする指使いや足・体が動いたときの反響音といった、クラシック音楽の録音で収録されているような音は多少ある。むしろこれらの音が残っている(ヘッドホンで聴くと顕著)録音の方が、私の集めたディスクの経験上、良い録音だなと感じることが多い。現場の音を自然に拾った(またそれを残した)収録というわけだ。
まあCD発売後にノイズの話が出たので特に書いておいたのだが、所謂音質にうるさく、それなりに装置を揃えていて尚且つヘッドホンで聴いている御仁が多そうなハイレゾ音源の配信開始時に取り立てて騒がれなかったので、これは個人のディスク視聴経験に因る所が大きいかと思う。私もクラシック音楽を聴き始めた頃に、指揮者が動いた時の足音、録音会場のドアが閉まる音、演奏家の唸り声等々に「おや?」と思った事がある(ちなみに、伊福部作品を収録したCDでもこれらは体感できます)。
では私がハイレゾ音源とCD音源の印象で一番違うと感じたのは何か。それはもう、音響の立体感、音場感に尽きる。CDでは音質自体に優劣を感じなかったが、楽器が横一列に並んでいるように、平板に聴こえるのだ。これがハイレゾ音源だと、各セクションの音が目の前で演奏しているかのように湧き上がってくる。こういう再現・表現の違いのために、音源の容量や価格がCDのようにいかないのであれば、私はハイレゾ音源を大いに歓迎したい。
収録曲では、全曲収録の「栄光丸船員の休息」が聴かせる。これだけでもこの音源の価値がある。また、ライナーノーツにもあるが、ゴジラ再上陸時の送電線前での攻防の音楽は、今回の収録版よりも、個人的には本来の送電スイッチのブザーで音がカットされる演出の方が好み。音楽が不要かな、という気がする。これは映画終盤に流れる「海底下のゴジラ」も同様。私はこの音楽が静かに流れる印象のままで心に留めておきたいので、あまり大きな音量で繰り返し聴くことはないだろう。
◆演奏会用組曲としての「ゴジラ」(1954)
「ゴジラ」(1954)の音楽は、2014年の伊福部昭生誕100年を記念して意欲的な演奏会・録音が他にも発表されている。『伊福部昭百年紀Vol.1』と『伊福部昭百年紀Vol.3』(スリーシェルズ)に収録の「ゴジラ」組曲(Vol.3は改訂版収録)だ。『ライヴ・シネマ形式全曲集』を聴いてゴジラ(1954)の音楽をもっと聴きたくなった御仁には是非とも知ってもらいたいので、最後に紹介しておきたい。
映画音楽を映像なしのホールで再現することの難しさは、演奏会場や編成の違いといったことから、そもそもの目的(映画音楽として編集前提)まで想像に難くない。しかし上記2枚に収録されている組曲は、当日の演奏も含め、演奏会用作品として大変エキサイトさせてくれた。特に初演である『Vol.1』の間合い・テンポは絶妙で、「M-C ゴジラ東京湾へ」や「M-B 決死の放送」は雰囲気満点だ。オリジナルのサントラを聴くより身悶えする日が来るとは思わなかった。ぜひ大音量で聴いて、「おお凄いな」などと思いつつ慌ててボリュームを調節して頂きたい。
『Vol.3』は録音の違いと2回目の演奏ということもあるのか、現代的・鋭角的な演奏でこれも面白い。上記『ライヴ・シネマ形式全曲集』が気に入った御仁は、こちらの方がしっくりくるかもしれない。ここまで敢えて話題にしなかったのだが、『フリゲートマーチ』が好きな御仁には是非聴き比べしてもらいたい。私などはむしろ牧歌的に感じる『Vol.1』の演奏も甲乙つけがたくなっているところだ。後は実際に聴いてのお楽しみということで、今回はここまで。