生誕百周年を記念して華々しく開催された『伊福部昭百年紀』のVol.1のCDが、”爆音リマスター”されて発売された。今回はその感想を書いておきたい。
2014年に発売されたCD『Vol.1』はホールトーンを活かした録音で、音量を上げるごとにその凄みの増す演奏だった。特にスピーカーで聴く「ゴジラ」組曲や「地球防衛軍」組曲は会場さながらの迫力だと思った。そんな録音を新たにリマスターするという。昨今隆盛の高音質のCDや配信の時流に乗っただけでなく、さらに刺激的に、クリアな音をという需要を受けてのものだろう。ヘッドホン鑑賞を意識したのかもしれない。とにかく、このような試みは歓迎したい。
オーディオ環境と「どう聞こえるか」は個々人によって異なる。どんな音楽をいつどこでどういう風に聴いたか、という音楽経験もだ。そのため私などは「音楽機器」のタグで自分の音楽環境を載せたりしている。その上で、伊福部昭の特撮映画音楽の新録の話題に呪縛のようにまとわりつく「オリジナルサントラ音源と比べて迫力、熱さが足りない」といった不特定の声に応えるものだとしたら、まずはお疲れ様と言いたい。
※こちらは旧『Vol.1』
CD『伊福部昭百年紀 Vol.1・改』爆音リマスターの感想
「国鉄」組曲の印象は大きく変わった。大きな音量を取らなくとも解像度が段違いである。すみだトリフォニーでの録音が一気にセッション録音になった。コンサート用に編曲・演奏されたものが、サントラ的な楽しみができるようになった。YouTubeで公式に公開されているオリジナルの映画(音源)との聴き比べも一興だ。今回のCD、リマスターで大当たりだと思う。”爆音”という思惑から外れているかもしれないが、細部や編成の妙を味わうというこの楽曲の魅力を再認させてくれた。
※「つばめを動かすひとたち 」と表記されているがタイトルクレジットでは「つばめを動かす人たち 」。画像をタッチ・クリックすると動画(YouTube)が再生できます。
※こちらも「雪に挑む」と表記されているがタイトルクレジットは「雪にいどむ」。画像をタッチ・クリックすると動画(YouTube)が再生できます。
「ゴジラ」組曲もリマスターの傾向は変わらず、細部がよく聴き取れる。ただこの楽曲に関しては、サントラ的に整理されて音楽のスケールが小さくなったように感じる。かつて『怪獣王』(キングレコード)や『ゴジラ 映画音楽の世界』(TOHO MUSIC)に収録された「ゴジラ組曲~1954~」の印象に近い。
それ故に大音量で聴いたときの迫力は正直甲乙つけがたい。”爆音”も迫力は損ねてないし、よく鳴っているなと思う一方で、あの腹の底に響くような打楽器や低音の魅力は旧『Vol.1』も遜色ないと思う。
ただ『エンディング』の、声楽(「平和の祈り」)を伴う楽曲のリマスターは凄く良かった。現場では味わえない声とオーケストラのバランスが絶妙で、これぞ録音の醍醐味という気がした。皮肉ではなく、普段は主に声楽曲を取り扱っている作業者がいたのかなという印象すら受けた。
「ゴジラ」組曲の傾向は「海底軍艦」組曲でも同様。『M-30 挺身隊出動』など、今度はサントラ『OSTINATO』(キングレコード)を思い出してしまった。演奏会の記憶や旧『Vol.1』に慣れ親しんだこともあるが、良くも悪くもまとまった感がある。『ベスト』よりも自然でクリアな響きになったことは嬉しい。なので音質改善を全くしていないというわけではない。『ベスト』時点でもリマスターしていたのだが、こちらは模糊とした音だと思う。
最もリマスターがイマイチだったのは「地球防衛軍」組曲。正直この録音は旧『Vol.1』の収録もハマっていて、「これ以上どうなるか」と期待したのだが。
どうも外面的な鳴りを強調しすぎたせいで、重低音、腹に響くような魅力がそがれたように思う。リマスター後の他の組曲と比べて中央部の音も薄くなり、芯がない、音楽がシャカシャカと鳴っているように感じることもしばしばだ。実際にホールで感じた迫力とも異なる、外面的な鳴らし方に聴こえる。これはスピーカーで鳴らしたときが顕著だ。ヘッドホンでは、人によってはこの鳴り方が心地よい向きもあるかもしれない。わかりやすいのは、地球防衛軍の「マーカライトファープ」だろうか。私はこれはリマスター前、旧『Vol.1』の響きをとりたい。冒頭、再び『地球防衛軍』のマーチが鳴り響く箇所を聴いても、”爆音”というよりも、奥行きのない平板な音になってしまった感が否めない。「電子砲猛攻撃」に至っては冒頭からこの調子だ。
全体を通して、旧『Vol.1』を楽しんだ向きが聴き比べしても損はないと思う。「国鉄」組曲は、私は”爆音リマスター”を採りたい。ただ、正直他の楽曲については好みがあるかな、という印象。特にスピーカーで鳴らせる環境にあると、旧『Vol.1』のマスタリングが勝る点も少なくない。どちらか薦めろと言われると、ちょっと悩ましい音源だった。
『百年紀』他、私が好きな録音雑感
今回”爆音リマスター”を聴いて、会場の響きの魅力とオーディオサウンドとしての魅力をよくわかってるなと改めて感じたのが、『百年紀』では『Vol.2』と『Vol.3』の録音だ。
これだけ極彩色で豪奢な録音で、伊福部昭の音楽が聴ける日が来るとは思わなかった。「モスラ対ゴジラ」組曲(『Vol.3』収録)で登場するゴジラのライト・モチーフなんて、感動ものだ。ホールの響きを活かしつつ、各楽器の見通しや収録バランスも素晴らしい。オーディオ的に整えるだけでなく、『宇宙大戦争』マーチ(『Vol.2』収録)で上ずる弦楽器、のような生々しさもちゃんと残していて嬉しい。好みはあろうが、クラシック音楽の録音テクニックも目一杯活かされた、伊福部昭音楽の録音としては一級品だと思う。
この2枚と比べると後続の『Vol.5』と『Vol.6』も分が悪い。楽器の収録はクリアなものの、オーケストラ演奏としての一体感を感じない、こじんまりした録音に聞こえるのだ。前述したが、サントラから一歩踏み出していない、芯がない響きなのだ。実は以前からこの点が引っ掛かっていて、今回の”爆音リマスター”発売を機に少し書こうと思っていた。
『Vol.2』と『Vol.3』を録音・編集したオクタヴィア・レコードは日本人作品の録音も意欲的だ。最近発売された『世界に冠たる日本のマーチ』(指揮:武藤英明 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 EXTON)はオーケストラ演奏という企画と収録作品も素晴らしい上に、録音が絶品だ。制作側には色々と事情はあるのだろうが、こういう録音で私は日本人作品がもっと聴きたい。
会場で聴いた音のままでなくとも、録音のマジックはあっていい。新しい録音でなくてもそういうものはちゃんとある。伊福部昭つながりで、イベールの作品が収録されたジャン・マルティノン指揮の1951~1960年の録音集(デッカ)の音にはいまだ痺れる。こういう音もひとつの”爆音”ではないだろうか。
『百年紀』の企画や演奏自体は大変素晴らしく、毎度楽しみにしているので、残すのであれば是非録音も注力して欲しい。こうして聴き継がれるのだから。