『わんぱく王子の大蛇退治』のライブシネマコンサートをやってはどうだろう。それこそ映像・音・音楽の得難い空間になるのでは。先日発売されたサントラを聴きながら、演奏会『伊福部昭百年紀Vol.6』を思い出していました。
- アーティスト:伊福部昭
- 発売日: 2018/05/23
- メディア: CD
オーケストラ・トリプティークは、ただ日本の作曲家をクラシックの演奏会に準じて採り上げるだけではなく、現代の音楽シーンにおける需要までも積極的に取り込んでいるように思える。『わんぱく王子~』のライブシネマコンサートだって、きっと⋯。最近の企画のラインナップを見ると、「やってくれそう」という期待に胸が高鳴る。大体、宮内國郎の音楽を辿って『チャージマン研!』のライブシネマコンサートをやってのける集団なのだから。
今回はそんなトリプティークの活動の柱とも言える、CD『伊福部昭百年紀Vol.5』(スリーシェルズ)の感想です。2017/4/30・渋谷区文化総合センター大和田さくらホールでのライブ録音。
- アーティスト:伊福部昭
- 発売日: 2018/05/24
- メディア: CD
映画『シン・ゴジラ』のヒット・ブームに乗じて、再びオーケストラの演奏会となった『百年紀Vol.5』。当日は『ゴジラ』(1954)主演のゴジラ、ではなく俳優・宝田明のバースデイもお祝いするとのことで、全体的に祝祭ムード漂う演奏会だった。
『百年紀Vol.3』のCDの感想を書いた際に、「伊福部昭の音楽はこれから」と書いたのだが、あれから現況に劇的な変化はないように感じる。伊福部昭は、まだまだ、世に知られていないと思う。映画音楽、『ゴジラ』の音楽が再び芽吹き始めた、くらいではないだろうか。ファンが純音楽への興味を喚起し、幻の曲・音源を探し求めたりと、はやる気持ちはわかる。しかし一方で、ファンが思う代表曲・メジャーな曲こそ、実際は知名度が到底足りていないのでは⋯『百年紀』の選曲もその辺り苦心しているのだろうな、と想像する。
ただ純音楽でも、そんな伊福部昭の音楽を後押しする風が吹いてきている。今年4月に発売されたバッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団のCDでは、『シンフォニア・タプカーラ』が新録された。西洋音楽と伊福部昭、そして伊福部昭の唯一無二な魅力を改めて意識させる好演だった。こんな録音が発売されて間もなく、Spotifyといった配信サイトで配信され、無料から聴くことができるのだから、ぜひとも世界中で、多くの人に聴かれて欲しいものだ。
それにしても、音楽配信は便利になった。悠長にCDを買って聴いている場合ではないのかもしれない。⋯オーケストラ・トリプティークの録音もそろそろ、どうでしょう?
それではCDの感想。「『PR映画』組曲」もまた、冒頭で書いたような、映像への関心をくすぐってならない選曲でしょう。音楽としては『百年紀Vol.3』で採り上げられた「HBCテレビテーマ」や「北海道讃歌」同様に、短い演奏時間の中に馴染みのメロディや管弦楽の用法の面白さが詰まっていると思います。特に記録映画でも繰り広げられた朴訥とした音楽は、猛々しい怪獣のライトモチーフやマーチに引けを取らない魅力を感じます。
実は演奏会での印象よりも、改めてCDで繰り返し聴いて気に入った組曲です。それも音楽に込められた効用・効果なのでしょうか。
「『大魔神』組曲」は、映画本編の特撮が素晴らしい上に、”勧善懲悪”の時代劇として完成度が高いので、ぜひ観てもらいたい作品。音楽としては、神々しさよりも「この世ならざるものの存在」というイメージで膨らまされたような印象です。聴いていてゴジラや『サンダ対ガイラ』がチラつくのも、それ故なのかなと。特に後半、ステレオだからこその「大魔神の猛威」の迫力、そして穏やかな「エンディング」が絶品。
そうそう、『怪獣総進撃』もそうですが、純音楽から伊福部昭に興味を持った御仁は『大魔神』の音楽を聴いて「お、「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」だ」などと思い浮かんだりするのでしょうか。いや私自身、「協奏風狂詩曲」に出てくる”ゴジラのテーマ”とは如何なるものかと期待して聴いたら、思い出したのはこの2作品だったので⋯。「『キングコングの逆襲』組曲」の”コングとスーザン”が美しい。伊福部音楽の美しさ、という字面にどうも違和感を覚えてしまうのが気恥ずかしいですが、『大魔神』のエンディングと同様、過剰な甘さや優しさを歌うのではなく、どこか寂しさや侘しさをたたえた音楽も”伊福部昭の世界”ではないでしょうか。
そういえば、アメリカで開催されている怪獣ファンの祭典「G-Fest」で演奏された『SF交響ファンタジー』もこの楽曲(第3番)や「聖なる泉」(第2番)が美しい演奏で、これが海外のファン・演奏者たちによってなされたことも大変感慨深いです。指揮者のJohn DeSentis氏がアップしている動画をリンクしておきましょう。
※画像をタッチ・クリックすると動画(YouTube)が再生できます。
この『SF交響ファンタジー第1番〜第3番』が収録されたCD『Symphonic Fury! The Music of Japanese Monsters』もGenesis 54というサイトで販売されています。※海外サイトの購入方法等は各自ご確認の上、自己責任でお願いします。
『SF交響ファンタジー』の『第1番』に楽曲が使用されているおかげで、知名度は多少ありそうな映画『怪獣総進撃』。ただ「映画も観たことがある人」となると、今はどうなのでしょう。ファミリーコンサートでも取り上げられることの多い『第1番』ですが、正直「ゴジラの音楽はわかるけど、それ以外はちょっと」という感じではないのかなという気がします。
とは言え、この『百年紀Vol.5』に『シン・ゴジラ』の使用楽曲目当てで来場したファンには、そういう心配は無用かもしれません。何せ、ムーンライトSY-3号とくればN-ノーチラス号、庵野秀明監督⋯⋯むしろ”常識”と一笑に付されるでしょう。
そんな「『怪獣総進撃』組曲」ですが、リモコンを破壊するシーンの音楽は期待しただけに嬉しい。少し話が脱線しますが、機械のスイッチを入れて作業したりするときに、今でもふと思い出すシーン・曲です。
こういう特撮の印象深いシーンは他にもあって、初代『ウルトラマン』の第8話「怪獣無法地帯」で、ハヤタ隊員が落としたベーターカプセルを岩の隙間から苦労して掴むシーンも、タンスの裏や家具の隙間に落とした物を拾うときに思い出したりします。
話を戻すと、”怪獣総進撃マーチ”組曲と形容したくなるマーチの応酬は、近年前述の『SF交響ファンタジー第1番』でやたら爆速で演奏されがちな*1同曲が格調高く彩られていて、聴き物です。
そして「『伊福部昭百年紀』組曲」。これについては本CDの録音と併せて書いておきましょう。
今回のCDの録音は、各セクションの音が凄くクリアに収録されています。さらに音のキメの細かさは、当日のホールの音響を忘れてしまいそうなくらいです。ただその反面、当日の演奏会で体感した響きより、そっけなく、または薄く感じる箇所があります。
当日は「そんなに鳴らして収録は大丈夫なのかな」と心配してしまうような”轟音”だったはずなのに*2、聴いてみるとスッキリ整えられている⋯⋯それが正直物足りないな、という印象です。例えば、「『大魔神』組曲」や「『キングコングの逆襲』組曲」は自宅で鑑賞する分にはさほど不満はないのですが、会場で聴いたのは音量に加えて朗々とした、もっと贅沢な音響だったように思います。
その辺り「『伊福部昭百年紀』組曲」の中では、例えば『宇宙大戦争』マーチなど、どうも当日聴いた印象とやや異なって不満な御仁もひょっとしたらいるかもしれません。打楽器や重低音がもう少し欲しい、もっと聴こえていたよな、という箇所で”記憶のズレ”のような印象を受けてしまうのが個人的に残念かな。曲の構成故か、演奏の疵も多少気になります。ただ、『メカゴジラの逆襲』や『ゴジラVSメカゴジラ』にはこの録音がハマって、曲の構造や立体感をいかんなく再現しているので、調整の難しいところなのかもしれません。もちろんCDで初めて聴く場合の印象はまた違うところでしょう。
『百年紀』シリーズのCDは録音も魅力の一つで、ホールトーンが活きていて大音量が聴かせる『Vol.1』、音の鋭さと美しさを極限まで突き詰めたような『Vol.2』・『Vol.3』と比較してしまうと、つい欲が出てしまいます。まあこれは『Vol.6』以降、まだまだ続く『百年紀』ですから、今後に期待します。
『宇宙大戦争』のことを書いたので、未聴の方はぜひ『Vol.2』を。『宇宙大戦争』マーチはちゃんと2周しています。当日の体感に迫る音楽の、この躍動感は『Vol.2』の録音に軍配を上げたい。そして『Vol.3』の『大怪獣バラン』組曲も是非。いやもう全部聴いていただきたいです。
- アーティスト:オーケストラ・トリプティーク
- 発売日: 2015/01/01
- メディア: CD
そうそう、『Vol.3』で思い出しました。シン・ゴジラの身長は118.5mだそうで、これ、駆逐艦「雪風」の全長と同じ長さなんですってね。ただの偶然に他なりませんが、実は『Vol.3』の演奏会パンフレットにタカラトミーアーツの広告が載っていて、ゲーム「艦これ」のキャラクター・「雪風」のフィギュアが宣伝されていたりするのです。千客万来とはこのことですなあ。
ちなみに私はこの雪風さんの顔を見る度にブースカを思い出すのですが、特撮好きのバイアスがかかっているのでしょうか。
特撮リボルテック003 快獣ブースカ ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み アクションフィギュア
- 発売日: 2010/05/01
- メディア: おもちゃ&ホビー
最後にボーナストラックから、俳優・宝田明に捧げられた「伊福部昭の主題によるHappy Birthday」。クラシック音楽の世界でも、ペーター・ハイドリッヒ作曲の「『ハッピー・バースデイ』変奏曲」のように、有名作曲家を意識して作られたお祝いの曲があります。これをギドン・クレーメルといった著名な音楽家が演奏して、クラシックファンをニヤリとさせています。
- アーティスト:クレーメル(ギドン)&クレメラータ・バルティカ
- 発売日: 2015/09/16
- メディア: CD
もちろん、作曲家が個人の誕生日をお祝いした曲と言えば、ストラヴィンスキーが指揮者ピエール・モントゥー*3に捧げた「祝賀前奏曲(ピエール・モントゥーの80才の誕生日のために)」の方が、伊福部昭のファンにはピンとくるかもしれません。いずれにせよ、私は粋な企画だと思いました。当日の雰囲気は感無量、の一言です。
『伊福部昭百年紀Vol.6』で「怪獣大戦争」と「ゴジラVSモスラ」、そして「わんぱく王子の大蛇退治」を採り上げたように、まだまだ”大物”は残っているように思う。それらを再び『Vol.1』~『Vol.3』のように、15~20分程度の密な組曲で、細かいトラック分けをして収録してもらいたいと思う半面、冒頭で書いたような”思い切った”企画も期待したい。
今回は実演と録音の印象について体感ありきのことを少々書き連ねましたが、オーケストラ・トリプティークだからこそ、演奏・録音共に攻め続けてもらいたいと思っています。そしてその意味で、映画音楽を中心に採り上げていることに疑義はありません。『Vol.5』のようなお祭り騒ぎも、伊福部昭の魅力を広めるにはまだまだ必要です。CDを聴くことで、記憶に留め、語り継ぐつもりです。『Vol.6』のCDも、今後の『百年紀』も楽しみにしています。