デジタルエンタテイメント断片情報誌

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『マーラーを語る』指揮者のマーラーを聴く ヘルベルト・ブロムシュテット

現代の代表的な指揮者がマーラーについて語った、『マーラーを語る』(編:ヴォルフガン・ シャウフラー 翻訳:天崎 浩二)という本から、今回はヘルベルト・ブロムシュテットです。演奏会・録音ともに日本で馴染み深い指揮者かと思います。

音源のリンクについては、Spotifyまたは、Amazonのリンクを貼っておきます。音楽の途中にCMが入らないよう、Spotifyならば有料版(無料版は楽章間でCMが入る)をオススメします。

ヘルベルト・ブロムシュテットの語るマーラーとその演奏

演奏・録音と演奏者の人間性を安易に結びつけて考えたくはない。音源の配信・ダウンロード販売隆盛の昨今、どんな演奏家の演奏だろうが、再生ボタン一つで聴ける機会が増えた。そこに録音当時の状況や演奏者の私的なスキャンダルの話を織り交ぜるのは、果たして音楽の何に耳を傾けているのか、と思うことはある。エピソードの真意すら確証が取れないことだってあるのだから。

そう書きながらも、折り目正しいブロムシュテットの回答は、ついこれまで耳にした演奏を思い出してしまう。録音・実演含めて接した機会が多いだけに、贔屓目があるかもしれない。前回のバレンボイムはなかなかパンチある回答だったが、なんとも安心して読み進められる。もちろん、両人の演奏・録音含めた優劣を言っているのではない。

ドレスデン・シュターツカペレとのコンビが有名だが、オーケストラがマーラーの第2番を気に入らなかったことのこと。演奏歴は知っていたが、それでこのコンビで録音しなかったのか、とこの本で知った。またオケにそういう好みの主張があるのが、らしくて面白い。

私は好きでしたが、オーケストラが曲を気に入ってくれず、がっかりしたものです。一九七五年だったか七八年だったか。オーケストラは見事で合唱も素晴らしく、名演だと思ったのに、オケは「まあ悪くないが凄くもない」と感じているようで。


ブロムシュテットといえばブルックナーの録音だが、ブロムシュテットの語るブルックナーとマーラーの違いは簡明だ。

マーラーは理想への希望を語る。でもそれは現実じゃない。理想など実際には存在しない。でも夢を忘れず、理想に向かって進むべしと言うのがマーラー。ブルックナーが創るのは、目の前にある世界、そこの存在するもの!この二人は本当に別物。我々の心の別の場所に訴えかけてきます。

別の項では、”二人が全く違うので、我々は両方大好き。片方というわけにはゆきません”と語っている。マーラーを聴いたらブルックナーも聴いてみよう。


ブロムシュテットのマーラー録音は少ない。デッカの第2番。録音の状態もあってか、実は細部の動きが面白い録音。ブロムシュテットの最近の演奏と志向するものが近い気がする。

マーラー:交響曲第2番「復活」

マーラー:交響曲第2番「復活」


待望の新録。第9番。颯爽としていながら、大きな音のうねり、広がり。そこに圧もある。近年ブロムシュテットが繰り広げる、軽やかな演奏スタイルとはまた違う。第2楽章の足どりが特に素晴らしい。

Symphonie No.9

Symphonie No.9

  • アーティスト:Mahler, G.
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: CD


そして近年のブロムシュテットが指揮したブルックナーもぜひ(第9番のみブロムシュテット指揮)。こちらも良い。こんな快活な演奏久々に聴いた。デッカに残したゲヴァントハウスとの録音より好きかも。

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