デジタルエンタテイメント断片情報誌

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大人になって読む伝記 『奇っ怪紳士録』

この時期、”伝記”を読んだ記憶が蘇ってくることはないでしょうか。人物伝、偉人伝でもいいでしょう。今は”偉人”と銘打ってしまうと、定義づけが議論になるかもしれませんね。議論された偉人の定義に当てはまらない人々によって。一言多いか。


ある人物の生涯や業績、それにまつわるエピソードが盛り込まれた伝記も、今やネット上ではWikipediaが肩代わりして、人々の時間の隙間に多くの情報を提供している。Wikipediaに限らず、こういった個人・企業のウェブサイト・ブログもその一種だ。ただもちろん、記載されている情報の出典や事実確認は必要だ。知っていると「あれ?」と疑問が湧く記事も少なくない。今だにそういった確認をせず、他の媒体で「Wikipediaと書いてあることと同じ」情報が公開されて、”事件”になる例は後を絶たたない。

しかしよくよく思い出してみると、子供の時分に読んだ伝記なんて、そんなことを考えもせず「〇〇って人はスゴイなぁ」みたいな感想や印象を抱いて読書おしまい、になっていることも少なくないのではないか。そして大人になって、伝記に書かれていた人物の詳細な経歴から下世話な実話まで知ってしまい、「なんでい、思ったより大した仕事やってないな」とか「なんて品性下劣な人物だったんだ」などと情報を更新してしまうのだ。

結局のところ、読み物で楽しむ・楽しめる人物を知り、そこからさらに趣味・興味につなげるスタンスで楽しめばよいということなのだろう。


そんな情報の信憑性云々を(まずは)気にせず、痛快な人物読み物・伝記として読めるのが、『奇っ怪紳士録』(著:荒俣宏 平凡社ライブラリー)である。どうも電子書籍版はない様子。

奇っ怪紳士録 (平凡社ライブラリー)

奇っ怪紳士録 (平凡社ライブラリー)

ここで挙がる人物の大半は、前述した世間一般、メインストリームで話題になるような人物ではない。このご時世で情報を得ようにも骨が折れる類の、”奇っ怪な”人物ばかりである。「知ってる、〇〇作った人だろ」、「この人実際は悪いことばかりして⋯」みたいな先入観や緩い前知識が即座に浮かんでくるような人物ではないと思う。

「変態」の研究家から、虎刈りをブチ上げた成金、ウルトラの父(これは特撮好きは知っているかも)まで、それぞれ文庫サイズの見開き10ページ程度の文章量で紹介しており気楽に読める。例として各々の感想を書くのは野暮なので敢えて書かない。興味の端緒としても大いに役立つだろう。知らない情報を集めるのは容易になっても、何を知っていて、何を知らないか、そんな知的好奇心をくすぐる伝記だ。


「大人になって読む〇〇」みたいな入口は「平易な内容」という意味も多いですが、こういう大人になったからこそ手に取りたい、密やかな紳士淑女の嗜みもあっていいのではないでしょうか。

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