デジタルエンタテイメント断片情報誌

デジタルな話題もそうでない話題も疎らに投稿

佐藤勝と映画音楽に思うこと

趣味柄というのも変な話だが、最近音楽家の「追悼」や「没後○年」を話の枕にすることが多くなった。これはもちろん、その音楽家を多少なりとも知っている、あるいは趣味として知っている音楽家が増えたからこそ、ではあるのだが・・・。

これまでの記事を振り返っていくと、それこそ「不幸」の話題にたかっているようで、どうにも座りが悪い。軽薄に哀悼の意を述べつつ演奏(CD)の紹介・雑感、だけでは文章としてもワンパターンだし、もっと話題を持続させるなり、広げたほうが良いなと少し反省している。前日の記事もその一環だが、やるにしても、今後は変化球でなるべく工夫したいと思う。

今回はそんなことを考えつつ、作曲家・佐藤勝の話を少々したい。実は冒頭に書いた話題で、別の作曲家や「映画音楽」について丁度色々考える機会があり、佐藤勝の音楽と担当した映画共々、話題になることが少なくなっているのが気になっていた。


現代の作曲家の、仕事の本流にもなりつつある「映画音楽作曲家」を全うした佐藤勝が音楽を担当した映画は、リストを眺めるだけでも凄まじい。ジャンルが幅広いだけではなく、所謂「名作」・「人気作」と評される作品も少なくない。誤解を恐れず言えば、例えば「ゴジラ」をはじめとした特撮映画を含めた、伊福部昭が音楽を担当した映画よりも、世間的な知名度・評価が高い作品が多いかと思う。

そんな佐藤勝の音楽は、やはり映画を観て、聴きたい。作品としての成功故か、今でも鑑賞できる映画が比較的多いのは嬉しい。しかしながら、単なる「劇伴」(佐藤勝自身が嫌っていた言葉。映像の伴奏として)ではなく、作品と一体化した音楽、一体化するに足る音楽の力というのは、音楽のみで味わっても面白さが尋常ではない。東宝ミュージックのサイトでささやかに販売されているCDでは、『佐藤勝 Sound Theater 〜 一本の鉛筆 〜』(AGCS-5001/02)が企画・内容共に素晴らしい。佐藤勝自身が生前行っていたように、再び演奏会で音楽が取り上げられることを切に願う。

前述の文章では伊福部昭の名前を敢えて出したのだが、佐藤勝は特撮映画音楽にも優れた作品を残している。そういえば佐藤勝も北海道出身だった。クラシック音楽や現代音楽にさして関心のなかった20年以上前に読んだ、『ゴジラVSメカゴジラ (東宝SF特撮映画シリーズ) 』(出版:東宝)に佐藤勝のインタビューが載っており(メカゴジラ繋がりか)、これが今読み返してみても特撮ファンのみならず、現代音楽・日本人作曲家に対する興味の端緒となり得る内容で面白い。作曲当時の、(現代)音楽の実験場としての側面や、周辺人物の話も見逃せない。映画音楽と純音楽作曲の力量の差など、作曲家自身が言うなら「言い訳」で、愛好家が言うなら純音楽を持ち上げて優越感に浸りたいだけのように思えてくる。

師匠・早坂文雄の意見を聞きながら作曲した『ゴジラの逆襲』、伊福部昭の『ゴジラ』音楽に対してどういう作曲スタンスを取ったか、制作現場のこと、ゴジラシリーズの内容について等々・・・、読んでおいて損はない。「特撮映画」というジャンルに留まらない内容だと思う。実はこれを読んだ当時は、既に「特撮映画」を観ることに抵抗を持ち始めた多感な時期だったのだが、今の自分の趣味の回帰やリンクを思うと、感慨深い記事でもある。

後年(こちらも10年程前の本になるが)発売された『佐藤勝 銀幕の交響楽(シンフォニー)』(ワイズ出版)では、特撮映画に限らず、さらに佐藤勝や関係者の話が読める。現代の映画(音楽)を取り巻く環境に思いを馳せるとき、紐解きたくなる内容も多い。関係者としては、武満徹の名前が頻出するのが印象深い。同じく早坂門下という視点から、佐藤勝の音楽も、もっと注目されて良いのではないか。

ゴジラVSメカゴジラ (東宝SF特撮映画シリーズ)

ゴジラVSメカゴジラ (東宝SF特撮映画シリーズ)

佐藤勝 銀幕の交響楽(シンフォニー)

佐藤勝 銀幕の交響楽(シンフォニー)

現代の作曲家にとっての映画音楽(作曲)は、「生活のため」「食い扶持のため」という側面が強調されることが少なくない。各作曲家のエピソードを辿って行くとわかるが、おそらく一つの事実なのだろう。作曲家自身が「映画音楽よりも純音楽作品(演奏会作品)で評価されたい」と語ることもある。

また、そんな作曲家たちの行動や言葉に影響を受けてか、純粋なファンの「布教」としての心情か、はたまた現代に生きる「作曲家」の変わらざる本音なのかはわからないが、映画音楽の話題になる度に、前述の「映画音楽だけでなく、純音楽作品(演奏会作品)も聴いて欲しい」という言葉が代弁され、付き纏ってくる作曲家もいる。広く作曲家の作品を聴くことに何の異議もないが、その言葉を見る度に、一体映画(音楽)をどれほど知っているのか、音楽鑑賞として映画音楽と純音楽の違いに優劣があるのか、まだまだ映画音楽の歴史はこれからではないか、という自問とともに、佐藤勝とその音楽を思い出している。

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