デジタルエンタテイメント断片情報誌

デジタルな話題もそうでない話題も疎らに投稿

日本の市歌とオーケストラと音楽家に寄せて

年初に興味を惹かれるニュースが2つあった。「県歌「信濃の国」、30代に知られず 小中学校では歌う機会増加」(2016/1/1 中日新聞)と、「ゴジラ・座頭市シリーズの曲を手掛けた伊福部昭は、社歌や校歌も作っていた!団体提供楽曲を集めた異色のコンサート」(2016/1/14 J-CASTニュース)のことである。

県歌・市歌や団体歌は、制定の背景やその意義も然ることながら、日本の音楽家との結びつきも無視できない。特に作曲家の作品歴を調べていくと、都道府県や企業等に縁がなくとも、「聴いてみたい」と一度や二度ならず思ったことがある御仁も多いだろう。入手可能な音源があれば手に入れ、なければ各市や企業のHPで調べて⋯。私自身、音楽に限らず、思わぬ発見があったり、新たな興味が湧くことも多い。

今回は、そんな話題の繋がりで語りたくなる、比較的珍しい音源(LP)の話をしたい。実はこのLP、ネット上で存在はたまに見かけていたのだが(物自体は30年以上前のもの)、資料や文献で参照できる機会が少なく、紹介するのを躊躇していた。それでも収録内容があまりにも魅力的で、前述の話題にとどまらない充実ぶりなので、この機会に踏ん切りをつけた。魅力的なコンサートに足を運ぶのも楽しいが、自分で収集する楽しみも捨てがたい。そんな話がしたかった。紹介するLPが、特にネット界隈で話題になっていないのを見るにつけ、「それなら私が記事にしてしまおう」という"スケベ心"も、多少ある。

普段クラシック音楽の音源を紹介するときは、なるべく新品で入手しやすいものを選ぶようにしている。新品が購入できなくとも、ネットで検索すれば、せめてショップの中古品やダウンロード販売が容易に見つかるものを話題にしたい。定価よりうんと高い「プレミア」価格のものも、避けているつもりである。今回の記事も、単なるレア物収集・お買い物自慢で終わらず、愛好家の端くれとして、少しでも有益な情報を発信できればと思う。紹介した音源は、今後一般販売ルートに乗って、広く世に問われることを願う。

⋯まあ最近、クラシック音楽のCD・ダウンロード販売による再発・復刻が凄まじくて、私自身も所謂「マニアック」で「レア」だった音源を喜々として入手して聴いてみたものの「⋯⋯案外大したことないな」と思ってしまうことが多々あったので。痛し痒しですな。

LP『釧路市民文化会館開館記念 54.11.3』(非売品) 製作:キングレコード NAS979〜80 ※画像はジャケットより
<記念式典>
 加藤悦郎作詩・信時潔作曲:釧路市の歌*
 シベリウス:フィンランディア*
<記念演奏会>
 伊福部昭:交響譚詩
 ベートーベン:交響曲第九番ニ短調「合唱」
指揮:山岡重信 管弦楽:札幌交響楽団  合唱:釧路第九合唱団 *高等学校合同合唱団(ライブ・ステレオ収録)

『釧路市民文化会館開館記念』(キングレコード)のLPは、昭和54年(1979年)11月3日に同会館の完成を記念して行われた演奏会を収録したLP。これが単なる非売品の記念LPというだけでなく、その収録内容が大変興味深い。

まず演奏が、山岡重信指揮・札幌交響楽団である。指揮者・山岡重信は日本のオーケストラについて調べていくと、なかなか見逃せない人物ではないだろうか。特に日本人作曲家作品の演奏歴が印象的である。札幌交響楽団は近年、名誉指揮者ラドミル・エリシュカとの演奏が注目されている。もちろんエリシュカに限らず、尾高忠明、高関健、そして岩城宏之といった面々との活躍ぶりも、過去から現在まで見逃せないオーケストラだ。最近、タワーレコードからアーカイブ・シリーズが発売開始され、過去の演奏も一層身近になってきた。そんな札幌交響楽団の貴重な記録として、これまで札響ファンの間でも殆ど話題になっていなかったのが、少し不思議なくらいである。レコードは非売品となっているが、おそらく関係者と、公共施設への配布くらいはされたものではないかと思われる(図書館に架蔵されていたりしてもよさそうだ)。札響の演奏会場で限定販売、といったこともなかったのだろうか。そこまではわからない。

こう書くとファン垂涎のアイテムのようだが、実は入手した当初は、そこまで喜び勇んで飛びついたわけではなかった。確か、何かの録音の「ついでに」見つけて購入した記憶がある。正直、収録内容の価値もよくわからなかったのだ。あの時、もし購入していなかったらと思うと、ゾッとする。一度入手する機会があったのに買わなくて後悔する⋯⋯何度経験したことか。こういうことがあるから収集活動は油断ならないし、ショップ巡りはやめられない。コレクターとして、とにかく自腹を切る覚悟もある*1


それでは収録内容の話をしていこう。まずは記念式典の演奏から、「釧路市の歌」。現在の釧路市の歌は2006年に新たに制定されており*2、こちらは旧版で、現在は歌われていないようだ。このように、式典音楽としての機能を全うしている様子が残されているのは幸いである。演奏会の録音ということで、まさに歌の"生きた"姿が残されている。

この旧版「釧路市の歌」が、昨年没後50周年の信時潔作曲で、しかも1959年制定という、「戦後」の信時潔をもっと知りたくなる一品というのも嬉しい。それが札響伴奏のステレオ録音で収録されているのだから、たまらない。現在、釧路市のHPにも載っていないため、どんな曲想か書くが、「海道東征 第3章『御船出』」の歌い出しのような、清涼感と高揚感溢れる歌である。加藤悦郎の作詩も良い。「きりはれて さち よぶ みなと〜」という具合に、つい聴きながら歌ってしまう。

冒頭でも書いた通り、やはり県歌・市歌や団体歌巡りは、自分の趣味の上でも、外せない。最近出版された『全国 都道府県の歌・市の歌』(中山裕一郎・監修 東京堂出版)を眺めては、音源探しに勤しんでいる。楽譜がほとんど掲載されていなくて、詞のみ掲載の歌が大部分だが、貴重なデータベース。こういうのを電子書籍化してほしい。作曲・作詞者、そして歌詞を眺めていくと、個人的には、中部(岐阜・静岡)がアツい。「釧路市の歌」は、既に新版の掲載。この旧版「釧路市の歌」も、何らかの形で残して欲しいものだが⋯。

シベリウスの「フィンランディア」は日本語訳詞による合唱付き。ラストの合唱とオーケストラの演奏が噛み合っていて、盛り上げ上手な演奏。多少の疵はあるが、オケの状態がなかなか良いのだ。ちなみに合唱付きで日本語訳詞のものを聴いたのは、私は2回目くらい。久野静夫(市川都志春)の詞による合唱。

信時潔ときて、市川都志春とくれば、今度は東京音楽学校を思い出してしまう。その上次の曲も伊福部昭という⋯。いやはや趣味というのは、連鎖するものだ。そういえば、市川都志春の晩年の管弦楽曲がDENONからまとまって発売されていたが、やはり今では見かけないし、話題にもなっていない気がする。今度また聴き直すとしよう*3

ちなみにこのLPの録音は、各セクションのバランスに癖がなく、聴きやすい。合唱も良く捉えている。収録した釧路市民文化会館の録音設備は、当時も今も同じなのだが、録音を聞く限り、侮れないホールに思える。いつか赴いて、実演を聴いてみたいものだ。個人的に、この頃のキングレコードの収録が好きなのかもしれない。


釧路生まれである*4、伊福部昭の「交響譚詩」。この演奏会でこの選曲、言うことない。北海道を発つ作曲者を見送った「交響譚詩」*5が、数十年後北海道のオーケストラによって、生まれた地で演奏される⋯。演奏については後述するが、やはり感慨深いものがある*6

調べてみると、札幌交響楽団が伊福部作品を初めて定期演奏会で取り上げたのは、1979年1月の同じく「交響譚詩」とのこと。その同年11月の演奏の録音が残っているとは思わなかった。ネットと手元の資料だけ調べて満足していては駄目だな、と自戒。2014年に生誕100年で盛り上がった伊福部昭だが、未知なる作品の発掘だけでなく、まだまだ代表曲も演奏されるべきだし、代表曲にもスポットを当てるべき録音が残っているように思う。もちろん戦前・戦後、モノラル・ステレオ収録は問わない。

この「交響譚詩」が大変素晴らしい。この録音が、近年注目され高まりつつある札幌交響楽団と伊福部昭の結びつきを考えるときに、顧みられないのは惜しい。「フィンランディア」と同様に、ほんの少し、演奏に疵はある。ただそれを補って余りあるオーケストラ全体の好調さと、指揮者の解釈が冴え渡った録音なのだ。

まず第1譚詩、冒頭の印象的なトゥッティも力みすぎず弱すぎず、絶妙な出だし。ここを力みすぎると、どうもその後の演奏がガチャガチャと落ち着かなくなりがちだが、難なくクリアしている。既に定期演奏会で取り上げていた強みもあるのだろうか。そして凛とした弦楽器の演奏が、第1主題のリズム、第2主題の切々とした魅力を引き出していて、聴かせる。作曲者本人が「北海道は湿度が低いので弦楽器群の音は日本で最も美しいものとなり得る可能性がある」と書いていたが、得心が行った。山岡重信の指揮がオケを粘らせすぎず、かつ淡々とさせすぎないのも流石の一言。

白眉は第2譚詩。第1譚詩の弦楽器も良かったが、今度は木管楽器の奏でる旋律が最高。特にフルートが日本的で、演奏の強弱が艶っぽい。後年の「伊福部昭の芸術1」(キングレコード)の録音でもポイントになったようだが、既にこのような解釈・演奏が追究されていて、驚いた。となれば、オーボエ、コーラングレ、(バス)クラリネットの移ろいも悪いはずがない。上手く際立たせている。第2譚詩の魅力が凝縮された、珠玉の演奏だと思う。
⋯それにしても、「伊福部昭の芸術 20周年記念BOX」は、こういう音源を特別収録して欲しかった。自社製の良い録音が残っているじゃないですか、キングレコードさん。指揮者繋がりで、山岡重信指揮東京フィルの「タプカーラ」あたりと併録していたら、悶絶ものだったのに。まあ、愛好家の戯言か。


最後にベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」。こけら落としにこの選曲とは、日本でいう「年末の第9」というよりも、外国の記念演奏会みたいな趣だ。その意味でも、この演奏会に対する意気込みを感じてしまう。ちなみに第9や「釧路市の歌」の合唱については、釧路合唱連盟公式サイト(※現在リンク切れ)のプロフィールで、演奏記録がみられる。

この第9の演奏もまた、オーケストラの音色が美しい。凄く澄んだ音が聴ける。この音を紡ぎつつ、演奏を破綻させず、かといって単なる安全運転でもない。オーケストラの状態だけでなく、指揮者の技量もあっての演奏だろう。録音ならではの楽しみ方だが、特に第3楽章など、繰り返し聴いたり、第3楽章だけ取り出して聴くことがある。第9なら札幌交響楽団の演奏でも録音が揃っているので、年代別に聴き比べても面白い。

近年の演奏会でいえば、山岡重信の指揮は、アマチュア・オーケストラでたまに聴いていた。「交響譚詩」も聴いたと思う*7。後に「ブルックナーが得意だった」という話もネットで見かけたが、こうして様々な録音に触れると、改めて、もっと実演に接しておくべきだった。


どの演奏も傾聴に値するのだが、冒頭の話題を意識して、日本人作曲家や演奏家を中心に語ってしまった。地域と演奏会、曲目、オーケストラ⋯着目すべき点が多くて色々と味わい深いLPである。繰り返しになるが、今回紹介した音源は再発・復刻を望みたい。ただ一方で、この音源にかぎらず、私自身それを「待っていられない」ので、収集する楽しみはこれからも粛々と続けていきたいと思う。この趣味は、まだまだ終わりも打ち止めもなさそうです。

*1:個人的に、「レコード・コレクターは、みな君子なのだから」(俵孝太郎)を胸に刻んでいます。

*2:新しい方の作曲は、廣瀬量平。北海道つながりですな。

*3:市川都志春のDENONから出ていた3枚のCD(CO-3276〜78)も「何だかよくわからないが買っておいた」CDだった。迷ったら買う、ですな。

*4:伊福部昭といえば、どうも厚岸や音更のことばかり先に思い浮かんでしまうのは、私だけでしょうか。

*5:『伊福部昭: ゴジラの守護神・日本作曲界の巨匠』(文藝別冊 河出書房新社)P.79参照

*6:この演奏会は11月3日(文化の日)に行われましたが、11月3日といえば、『ゴジラ(1954)』の封切り日でもありますね。偶然とはいえ、色々リンクするものですねぇ。

*7:豊島区管弦楽団の演奏で、たしかティンパニのペダルにトラブルがあったはず。

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