デジタルエンタテイメント断片情報誌

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2022年の話題雑談 音楽と日常 ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の「第9」

音楽が好きでたまに記事を書いているが、実は音楽に救われた、支えられたという感覚や経験は、あまりない。精神的、身体的につらいとき、正直そういうときは音楽鑑賞や演奏どころではない。やはり趣味に没頭するには、安定した日常生活や社会の安寧がある程度保障されていることが望ましい。昨今の新型コロナウイルスなど、そうした状況判断がようやくできるようになってきたと思っている。とは言えまだまだ予断を許さない。

そんな状況の中、今年2月にまた暗雲立ち込める事態が起きた。これは他人事ではない、新たな戦争の序章だなどと声高に主張したりはしなかった。だが報道や生活を見渡すと確実に身の回りにも影響を及ぼしている。


果たしてこのようなときに、私などよりもっと切迫した状況の人々にとって、芸術に身を捧げることが如何に困難か。その一端を考える機会にもなるのではと、指揮:ミコラ・ジャジューラ・ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の演奏するベートーヴェンの交響曲第9番の演奏会に行くことにした。日時は12/29・東京オペラシティ。

例年バレエやオペラの公演に併せて年末に第9を演奏しており、かねてから聴いてみたかった。まさかこのようなタイミングになるとは思っていなかった。今年は特に前述の理由に加え、「このオーケストラを日本で聴けなくなるかも」と真顔になる瞬間があったことも思い出す。

ところが演奏会に行くと、まるでいつもの日本の恒例行事の雰囲気で、拍子抜けした。と同時に嬉しくなってしまった。少なくともこの日この演奏会は、音楽に向き合う演奏者と観客のための時間だった。少なくとも私は、いつものようにベートーヴェンを聴くことができるのだと心が弾んだ。

演奏の感想だが、第9の演奏はとても正攻法だったと思う。第1楽章、第2楽章はティンパニの強調が心地良く、音楽のスケールは大きく残しつつテンポはダレない好演。快速過ぎてせせこましさを感じたり、響きが物足りなくなることはなかった。指揮で大見得を切るようなルバートもない。各パートの安定ぶりもその印象に寄与していた。余分な力みがなくとても自然体なのだ。

その流れで演奏される第3楽章はとても美しく、この日最も印象に残った。ホールも良かったのかもしれないが、このような安らぎのひとときがあるのも第9の魅力の一つではないだろうか。余談だが、当日も散見された第3楽章辺りで睡魔に力尽きてしまった向きには、ぜひともこのことに気づいて欲しい。次がお楽しみなのだろうから。そして第4楽章。今年はウクライナ国立歌劇場合唱団も来日して歌っているのだが、この合唱が良かった。声量がありよく通る。オーケストラやソリストとの一体感が素晴らしい。日本の合唱団ではちょっとないような体感だった。


アンコールはなし。拍手は盛大だったが、終演後も特に普段の演奏会と変わらず退場。つい先程聴いた音楽のことを思い返しながら帰途につくことができた。大げさかもしれないが、芸術に奉仕する姿を見せるのに余計な演出は要らないし、求めるものでもないのだ。このような、特別であって、特別でない演奏会を暮れに聴けたことに改めて感謝したい。来年も僭越ながら芸術というものに、自分なりに触れていこうと思う。

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