デジタルエンタテイメント断片情報誌

デジタルな話題もそうでない話題も疎らに投稿

ベートーヴェンの交響曲と日常05:ヨンダニ・バット

久々にベートーヴェンの交響曲の話題をしたくなった。前回の記事から4年ほど時が経っているが、あれから世の中の状況はどうだろうか。変化は多々あると思う。だが、良い方向にとは、なかなか大きな声で言い難いのではないか。一方で少なくとも個人的には、記事を更新しない間に嬉しいことがあった。人間、生活にゆとりができると何かしたくなるものだ。ささやかではあるが自分が世間と逆行しているというのも、実は性に合っているのかもしれない。ともかく、日頃から心に余裕のない叫びや呟きを披露するよりはましな性分だろう。

※前回の記事:

ヨンダニ・バットのベートーヴェン交響曲全集

普段ベートーヴェンの、それも交響曲を聴くことが特別だとは思ったことはない。ただクラシック音楽というジャンルを色々巡り今に至ってもなお、ベートーヴェンだけは飽きていない気がする。もちろんベートーヴェンの楽曲の好みから話をすれば、そんなことはない人も大勢いるかと思う。

私にとってベートーヴェンの交響曲は、他の作曲家のエピソードや演奏家の話題に始まって、季節や気分によっても求めたくなるときがある。もうクラシック音楽を聴き始めたころからの習慣と言ってよい。

そんな風にベートーヴェンの交響曲を聴くことについて、先日亡くなった評論家、いや、敬意を込めてクラシック音楽コレクターの俵孝太郎が以下のように述べている。簡潔に、正鵠を射た文章だと思う。

”第5”や”田園”は、クラシックの主食、とはいわないまでも、ミソ汁と漬物のようなものであって、そう終始食べる必要はないにしても、ときどきは食卓に登場しないと、やはり落ちつかない。
『CDちょっと凝り屋の楽しみ方』(コスモの本)


そうしてベートーヴェンの交響曲を聴きたくなった時、最近は刺激よりも納得のいく、耳に馴染む響きを求めるようになった。今やサブスク全盛である。これは、という演奏を探すのに随分と手間がかからなくなった。

そこで見つけたのが、ヨンダニ・バット指揮ロンドン交響楽団の全集である(Nimbus)。ディスクはCD-Rなので、配信を視野に入れた、今どきの録音形態と思われる。なのでサブスク前提で聴いてほしい。再生数が全てではないが、比較的聴かれているようだ。


ヨンダニ・バットという指揮者について、これまでほとんど知らなかった。ASVでグラズノフの交響曲を録音した盤を所持していた程度だったが、正直曲が珍しいという理由だけで持っていた。調べてもwikipediaくらいしか情報が出てこないと思うが、マカオ出身で大学で音楽を学び、また化学の分野で博士号も所持しているとのこと。北米を中心に指揮者として活動し、このロンドン交響楽団とベートーヴェン他録音を残している。

このベートーヴェンの演奏が大変味わい深い。2010年前後のロンドン交響楽団が演奏したベートーヴェンといえば、ハイティンクがライブを残しているが、ハイティンクの指揮のほうが全般にエッジが効いているかと思う。バットの指揮はときに引き込まれるような音の振幅、ロマンチックで大らかな演奏が売りで、徒に表情付けしない解釈が繰り返し聴いて飽きが来ない。好みで言えば私はバットの指揮を採りたい。録音もNimbusの方がクリアで見通しが良い気がする。

スタジオ録音だからか、オーケストラの安定ぶりも耳に残る。第9など「第1~3楽章を踏まえた」第4楽章に、久々に感動した。開放感、高揚感が素晴らしい。各楽曲を支える低弦の響きも録音がよく捉えていて、例えばスポーツ的な演奏になりがちな第4を聴いても、音楽のうねりを感じて恐れ入る。


繰り返しになるが、指揮者のことなど全く知らなくとも、ディスクを手に入れなくとも好みの演奏に出会うに容易な時代になった。まず聴けるということに大いに感謝したい。好事家の端くれとして、意固地にならず音楽を聴く楽しみを広げていきたい。

スポンサーリンク