昨年からキングレコードが伊福部昭の録音を配信開始しているようだ。これまでは『宙-伊福部昭の芸術4』が主な配信だったと思うが、これほど一気にサブスク解禁するとは思わなかった。
キングレコードは昨年「キング伊福部まつり」と題してキャンペーンを行っており、サブスク解禁と併せて良い企画だった。もちろんXでも発信されていたので話題としては今更だろう。それでも、正規の手段で「まず聴ける、聴いてみる」機会が増えたことは僭越ながら記事にしておきたい。この正月にまとめて聴くなど、うってつけであった。
ここ数年、伊福部作品の演奏会の登場頻度は増え、新たな楽曲の発掘、再演・蘇演の機会もしばし目にする。ただそれは相変わらず、ファンの体感的には、という前置きが必要な状況が続いていると思う。だからこそ、根強く上記のようなキャンペーンやイベントが起きるというわけだ。事ある毎に書いているが、まだまだ伊福部昭は知られていない。
例えば映画『ゴジラ』の音楽が組み込まれている『SF交響ファンタジー第1番』のような楽曲ですら、コンサートに行く向きに、ようやく少しは知られるようになった程度ではないだろうか。これが『第2番』『第3番』になると、世間的に全然知られていないといっても恐らく過言ではない。そもそも楽曲解説をしたところで、ベースになった映画(音楽)の知名度も、今や推して知るべしである。これが純音楽作品となると、果たしてどうだろう。
また最近、一連のキャンペーンや企画を追いかける度に、作曲家や作品を語り広める目的がいつの間にか「作曲家や作品を語る自分」が注目・共感されること、所謂インプレッションを稼ぎ、バズることに主眼が置かれているような発信がネットやSNSで飛び交うようになってきたと感じている。不遜な評価をするならば、没後20年が経とうとしてもなお、話の種、飯の種になる一角の人物だったという風に受け取れることもできる。私も音楽の紹介に収束するよう腐心しているつもりだが、実際のところ、大なり小なり恩恵を被っている向きはいるのだろう。
伊福部昭に限らず、とりわけ昨今のネットやSNSでの話題の広まりに関しては、内内にしておけばよいこと、語り伝えなくてよいことまで公開してしまうような、そんな風潮が行き過ぎている気がしてならない。もし故人が存命であれば「そこまで言わなくても」「そんな話までしなくていいのに」という類の話が、「とっておきのネタ」のように扱われていないだろうか。少々訝しく感じるときがある。これは関係筋・一見を問わない。生前の作曲家の不遇をかこっているようでその実、自身の恨み辛みを晴らすためと思しき表明すら見受けられる。
普段そういったコミュニティや人物とは無縁の生活を送っているので意に介していないが、それらの話題や仲間の輪から抜けられない、離れるに離れられない立場は何としても避けたいし、そこまでの立ち位置でないことが幸いだと考えている。たとえ関係筋であっても、一枚岩でないのは承知の上だ。それは音楽に限らず種々の芸術や社会生活でよくあることで、一応心得ているつもりだ。
何せ現時点で、Spotifyのアーティストページすら統一されていないのである。あの限られたディスコグラフィで、である。Amazon Music Unlimitedも似たような状況だ。こちとら自分で検索はするが、たとえ関係者同士であってもこのように足並み揃わないのだろうから、関わりたくないというのが正直なところである。それはさておき、ページは統一されないのだろうか。それも一つ普及のための前進だ。
色々と書いたが、だからこそ虚飾なく、ただただオフィシャルで音楽そのものが「聴ける」という状況が用意されたことは、とても嬉しい。伊福部昭の音楽は今以上にもっと聴かれて欲しいし、面白い、あるいはつまらないといった種々の感想が生まれて欲しい。「この作曲家(作品)は素晴らしい、これが話の前提」では、せっかく開きかけた門戸が閉じていくだけだと思う。音楽の前に、私の並べた御託など無力で結構だ。大体、J.S.バッハでもベートーヴェンでも、ストラヴィンスキーだってそういった毀誉褒貶の波を浴びながら、今に至っているのではないか。
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では聴けるようになったアルバムを一部紹介しておきたい。
収録曲どれも聴き応えある。『日本狂詩曲』に感じる艶と熱狂(「祭」はこのテンポが好きだなあ)、『土俗的三連画』の煌めき、『交響譚詩』の切々とした味わい。
トラック分けもありがたいし、オーケストラも胆力ある舞踊音楽「サロメ」。ライブではないからこその完成度。名演などと言われる演奏に、思わぬ疵があると私は萎えるので。
同時期の札幌交響楽団のライブよりも、特に録音状態でこちらの『シンフォニア・タプカーラ』を採りたい。指揮者の木管楽器の扱いも良い。実はショート・バージョンの『SF交響ファンタジー第1番』の迫力とテンポ設定が絶妙。
『SF交響ファンタジー第1番~第3番』の初演と、『オーケストラのためのロンド・イン・ブーレスク』が蘇る。ライブ故か、全般にかっ飛ばした演奏は、後年の演奏にも影響しているように思う。『第1番』の「怪獣総進撃」マーチなど最たるものだ。楽曲に今でも通じるカッコよさが秘められているという証左ではあるが。
※ハイレゾ音源化されており、SACDにもなっている。
後年の録音との聴き比べも楽しい。
最後に、再び日の目を見た楽曲としては『ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲』が最高峰ではないかと思う。
一々目くじらを立てるものではないが、私は『ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲』の話題で『ゴジラ』を引き合いに出すのは手垢がついている気がする。そもそも特撮方面から攻めるのであれば『怪獣総進撃』や、「三菱未来館」の話が先でもおかしくないと思うのだが。そこは残念ながら世間的な知名度もあるのだろう。
※その他のアルバムは下記でも紹介: