デジタルエンタテイメント断片情報誌

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1月の終わりに雪を見た

なにも珍しいことではない。雪が降らないことも、降ることも。地域による違いを雄弁に語りたいわけではない。

私にとって雪は、今だはしゃぎたくなる、冬の楽しみである。童心に帰るとは大げさだが、雪が降り出すと、どうにも外の景色が見たくなる。職場では平静を装っているが、内心窓に貼りつきたい。

日常的に雪に接していれば、雪はそんな心躍るものではない、そんな向きも当然あるだろう。そして雪から連想するものが楽しい思い出だけでなく、切ない記憶のときもあるだろう。


そんな雪への、ある思いが、ほんのささやかに溢れる一場面を描いている本がある。『南の島に雪が降る』(著:加東大介 光文社知恵の森文庫、ちくま文庫他)である。

南の島に雪が降る (知恵の森文庫)

南の島に雪が降る (知恵の森文庫)

大勢が決しようとしている第二次大戦中の昭和18年にニューギニア戦線へ召集された著者が、ジャングルの地で日本兵を鼓舞するために生来の俳優業を活かし、仲間とともに劇団を作り芝居に歌に奔走した話を書き留めた本である。

軍の上官から劇団に加わる人物、芝居にまつわるエピソードまで、虚飾のないテンポの良い文章に惹き込まれる。微笑ましく、可笑しいくだりも多い。一方で泥臭く、血なまぐさくもないからと気楽に読んでいると、戦場での死や先行きの見えない不安がさらっと語られる。それでも登場人物たちは自分たちの置かれている状況を賛美も批判もせず、それぞれの経歴や生業を活かして劇団に打ち込む。これもれっきとした、極限状況で描かれた”戦記”なのだ。

単純に現代に当てはめるようなことはしない。だが、昨今を取り巻く状況や、暮らしに仕事のことをここ最近意識することが多く、自分の足場を確かめたくて本書のことを思い出した。果たして彼らのように、日々を全うしているだろうか。何か口ばかり、言葉ばかり、鋭く先に進んでいやしないか、と。


さて、本書で登場する雪は、本物の雪ではない。雪など降らない地域で、芝居用にパラシュートと紙で作った雪だ。その雪が積もる舞台装置を前に、静まり返る隊があったという。東北出身で、雪のなかで育った者たちである。彼らは雪に、帰らぬ故郷を見たのである。彼らの郷愁は今もこうして、私が雪に魅入られる理由を増やしてくれている。


2月になった。今週末にかけても、寒くなるらしい。また、雪が見られるだろうか。

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