デジタルエンタテイメント断片情報誌

デジタルな話題もそうでない話題も疎らに投稿

閑散とした贅沢と優雅

混んでいないときの飲食店の空気が好きだ。

金を払ってそうしたわけでもないのに、貸し切りのような空間・時間がひどく贅沢に感じるのだ。

最近仕事帰りに楽しみにしているのは、こんな余暇だ。だが誤解しないで欲しい。私はそれほど忙しい毎日を過ごしてはいないし、ましてや哲学者カントのように逸話が残るほど、規則正しく日々を過ごしていもいない。

大事なのは偶然、こういう「ガラガラ」に出くわすことだ。わざわざネットで地図や混雑する時間帯を調べてまで訪れる気はない。積極的に孤独を感じたいわけでも、おいしいものをゆっくり食べたいわけでもないからだ。
何というか、自然な、気ままなひと時が欲しいのである。

一頃話題になった店が店舗を拡大して、定番化するとこういう状況になっているときがある。そんな店を見つけると嬉しくて、つい入ってしまう。興味・関心があったあの店をオレが独り占め、そんな気分も心地よい。もっとも客足が落ち着きすぎると店がなくなるので、時間帯によってはソコソコ人が入っていると、(私にとって)ありがたい。

例えば写真のラーメン屋。特段贔屓の店ではないのだが、かつて中野で凄い行列を見た。今はゆっくり食べて、食後にスマホを眺めていられる店舗に出くわすことがある。私自身は食事中のスマホや長居はあまりしないが、「あの行列店に今や自分と数人の客しかいないとは」などと、ひねた感慨にふけってしまう。

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同じような楽しみで風呂屋、銭湯も良い。「お、今日は人が少なくてイイね」、ささやかな望外の喜びだ。

大晦日に銭湯に行ったら空いていて、理由を聞いたら皆紅白を見ているからだ、と。そんなときに銭湯で風呂に浸かって上がったらビール、これを「優雅」と言う。

こんな内容を40年以上前に立川談志が噺のまくらにしていた。実はこのまくらを知る前から同じような行動をしており、思わずほくそ笑んでしまった。銭湯は全国どこにでもあり、飲食店よりも利用後に”ハズレ”を感じる度合いが少ない。そんなことも言ってたか。

立川談志 まくらコレクション 談志が語った“ニッポンの業

立川談志 まくらコレクション 談志が語った“ニッポンの業" (竹書房文庫)


こんなことを書いて、さあ飯屋だ銭湯だと行ってみると、混んでたりするんだよなあ。

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