デジタルエンタテイメント断片情報誌

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邦画と特撮、アニメに寄せて 『荒野のコトブキ飛行隊』後半を視聴して

放送前に期待していた『荒野のコトブキ飛行隊』(MX毎週日曜22:30~他 配信有)が先日最終話を迎えた。


前半(1~6話)を視聴した限りでは当初の期待よりもかなり評価を下げていたが、「最後まで観た上で書きたいことは書こう」と視聴を継続した。そのことは下記リンク先に書いた。

そして予告通り最終話まで視聴したので、後半(7~12話)を視聴しての印象・感想と全体的な総括をしたい。また今回はこの手の記事で詮索されがちな、「じゃあお前が面白いと思う作品って何よ?」みたいな話も少し書いておきたい。

『荒野のコトブキ飛行隊』後半の雑感

作中の世界と”目的”

コトブキ飛行隊が活躍するストーリーについては、オムニバス形式、一つの大きな目的あり、別にどちらでもかまわなかった。敢えて書いておくが、「チームで大会に参加して勝ち負けを競うストーリー」にして欲しかったなどとは視聴後も思っていない。

ただ後半の”穴”に纏わるエピソードは、積み重ねを感じない上に作品を終わらせるための唐突感を印象強くしてしまったように思う。そしてそれが前半~中盤のキャラを引き立てないエピソードのイマイチさまで強調してしまった。

これは前半で世界観の説明を(戦闘に時間を割きたいがゆえに)駆け足の台詞で流したり、キャラの魅力をワンパターンに男勝り、まくし立てながら発せられる汚い言葉遣いといった特徴で済ませたツケも大きかった。これはコトブキ飛行隊だけに限らない、周囲の組織も同様だ。結局、魅力を感じない世界・舞台で何が起きてもつまらなかった、というわけだ。会社や政治の要素は「大人向け」を意識したのかもしれないが、よくある床屋政談やベタな芝居調で(今どき”辞表”とは・・・)、薄ら寒い。後半はガン・アクションの回もあったが、これも既存の映画・エンタメ作品の粗製コピーといった趣で、キャラの魅力としても正直「何がしたいの?」という感じだった。そんな主人公たちとそれを取り巻く集団が作中の”目的”づくりに迷走してしまったまま、作品が終わってしまった。

戦闘シーンの魅力

目まぐるしく、リアルな音や視点で迫る戦闘シーンは確かに目を引いた。だがそれらだけが戦闘シーンの魅力に寄与するものだろうか。大げさだが、私は今作の戦闘にストーリーから起因するような「大義」を感じなかったため、のめり込むことができなかった。

要は「コトブキ飛行隊ここは踏ん張れ」、「なかなか手ごわい相手だな、でもこいつを倒さなければ・・・」といったものがなく、かえって戦闘シーンは淡々と写ったのだ。これは前述したキャラや組織の魅力にも原因がある。「こいつ(ら)の戦い方を観たい」という、キャラの魅力を戦闘機に搭乗した際に結びつけられなかったのだ。これは敵役も同様。そんな作品で「震電」を出されても、惹かれるものはない。

戦闘シーンについては気になったことをもう一つ。これはこの作品に限らないが、ロングショットがまずかった。妙にチマチマした、悪く言えば虫がたかっているような絵面になってしまう。「今どんな場所(場面)で戦っているのか」を示したいのだろうが、もう少し工夫して欲しい。古典的な手法であれば、(作戦)地図を見せる場面を挿入するところかと思う。要は平面図で表現して(立体感を排除して)、画面上の違和感をなくしていたわけだ。本作は過去作のオマージュを感じる要素はあるが、そういう見せ方もこだわって欲しかった。


トピック毎に書いたが、以上と前半の感想を踏まえた全体として。興味ある要素は多かったが、いずれの要素も平凡、いや面白くなかった、つまらない作品という印象だった。キャラ中心に観ても、主人公以下誰にも惹かれることがなかった。ここで宣伝や商品展開等を「早すぎた」などと揶揄するつもりは微塵もない。制作側がそう読んだのなら、私には関係ないことだ。ただ、ソシャゲをはじめとした今後の展開については、残念だが私は興味をほぼ失ってしまった。

『コトブキ飛行隊』にこんな作品の魅力を感じたかった

「コトブキと比べて〇〇は面白い」といった作品同士の比較ではなく、正確には私が「面白い」と感じる見せ方、展開、話作りがわかる作品を雑多に並べてみたい。挙げる作品は所謂「マニアック」な範疇の作品ではないと思っている。むしろ古典・メジャーな作品ばかりで、これらを楽しんでいるからこそ『コトブキ飛行隊』は残念な出来栄えだったと言いたい。

もちろんアニメだけを観て生活しているわけではないので、アニメ以外のジャンルからも影響は受けている。『コトブキ飛行隊』も数々の作品、特に映画・西部劇を思い起こさせる要素があるので、「作品の”面白い要素”って何だ?」という話には好都合かと思う。


まず「結末がわかってはいても・・・」「過去の因縁」「判官贔屓」の美学ならば、『関ヶ原』(著:司馬遼太郎  新潮文庫)。日本では西部劇よりも、歴史、特に戦国時代を題材にした作品の方が身近であるように思う。そしてただ史実・事実に忠実なだけではない、創作の面白さがそこにある。私は敵にも味方にも、勝者にも敗者にも得難い魅力を感じたい。

関ケ原(上) (新潮文庫)

関ケ原(上) (新潮文庫)


『コトブキ飛行隊』を視聴した層は”西部劇”をどの程度観たことがあるのか。私は2、3作品は観たことがあるが、ハッキリ言って細かい記憶はない。ただ”決闘”に代表される西部劇の性格や醍醐味のようなものがぼんやりと頭に残って、今に至る。

そんな現代から消えつつある西部劇の魅力を自作品で最大限に発揮させた作品は何かといったら、『ドラえもん』(著:藤子・F・不二雄 小学館)の『けん銃王コンテスト』を思い出す。銃のマニアックな知識から、普段は冴えないのび太のカッコよさ、台詞から行動まで悪役ぶりがハマるジャイアン・・・そして最後のオチ。西部劇を手中に収め、作品に消化するというのはこういうことかと思う。

ドラえもん (12) (てんとう虫コミックス)

ドラえもん (12) (てんとう虫コミックス)


また西部劇の魅力を戦時に置き換えて成功した作品で、『独立愚連隊』(1959 東宝)がある。主人公は正義の味方でも、超人でもない。それでも性格、行動の理由、役者の演技・・・溢れ出る主人公の魅力が作品を引っ張り、引き込まれる。キャラが立っているわけだ。伏線の回収とはこういうのをいうのだな、と実感する作品。

独立愚連隊

独立愚連隊


そして戦闘機、ひいては”空”の魅力といえば、同じく東宝作品から古典的なSF・特撮映画を回顧したい。『コトブキ飛行隊』にF-86Dが登場した記念に、F-86F(セイバー)やF-104が活躍する作品、『ラドン』、『地球防衛軍』。飛行物のロングショットが良い。空の広さを画面いっぱいに表現できているから、飛行物が小さいと感じないし、画面の切り替えが巧いのだ。ラドンという生物の存在や超兵器に対する説得力の持たせ方も注目したい。SFとリアルさ、といった観点から少しでも参考になると思う。

空の大怪獣 ラドン

空の大怪獣 ラドン

地球防衛軍

地球防衛軍

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