デジタルエンタテイメント断片情報誌

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クラシックの「マイナー」今昔雑感と演奏会の感想

趣味の世界には、大方、マイナー、マイナックな世界がある。あるいは趣味自体が、そう言われることもある。

クラシック音楽(鑑賞)にも、マイナーと呼ばれる領域がある。大体クラシック自体、「マニアックな趣味」という認識も根強いだろうか。

例えばほんの少し前までは、クラシックでマニアックな、マイナーな音楽・演奏を聴きたいと思えば、数少ない音源を探し、放送機会、演奏会を自分で見つけなければならなかった。楽譜を手に入れようとしても、楽譜が売られていない曲だって多かった(これは今もそうだ)。もちろん苦労して聴いた音楽が「大したことなかった」経験も少なくない。


だが昨今、様々な音楽が全世界で容易に聴けるようになった。PC・スマホで検索すれば、配信・ダウンロード販売が容易に見つかる。音質にこだわる向きには、「高音質」を謳うサービスもある。私のような「聴き専」にとって、ようやく喜ばしい時代が来たことを実感している。

ところが周囲を見渡すと、案外そんな盛り上がりがなく、相も変わらず、ひっそりと、ささやかな趣味の営みが続いている様子を見かける。

むしろ、かつてマイナー・マニアック趣味を自認して音源の再発や発掘を主張していた人物が、「自分のペースで音楽を楽しむ」ことや「CDを買い、ライナーノーツを読みながら音楽を楽しむことの良さ」に帰着していたりする。私の知る限りで、頑なにCDやレコードにこだわる向きも少なくない。「珍しいものが沢山聴けるようになったから、ガンガン聴いて紹介しちゃうぜ」とは、どうやらならないようだ。

これは少々残念で、寂しい。実情・実態は人それぞれだが、所詮は「人とは違う」に固執したコレクション・買い物自慢に堕していたのか、趣味をとことん極めているように見せて「食わず嫌い」だったとは、などと悪態を思い浮かべることもしばしばだ。実は自分のCD・レコード棚を眺めていて、そんな自己嫌悪に陥ることもある。


前置きが長くなったが、そんなところにNHK交響楽団が面白そうな定期公演を開いていたので、行ってみた。

・・・「〇〇を持っている」というコレクション自慢から、今度は「生で聴いた・体感したことがある」という優越感がマイナー・マニアックの拠り所になりそうだとは、思いませんか。フフフ。

演奏会:NHK交響楽団 定期公演(2018/12/1)の感想

ゴチャゴチャ書いたが、今回の曲目は普段のN響のプログラムからすると、珍しい。ただ、マニアックな曲が好きな向きからすると、それほどでもないはずだ。誤解を恐れず書けば、「有名なマイナー」作曲家・曲という印象だ。ただ、実演を聴く機会は圧倒的に少ない。

2018/12/1 第1900回定期公演Aプログラム
スヴィリドフ/組曲「吹雪」―プーシキン原作の映画から
スクリャービン/ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調 作品20
グラズノフ/交響曲 第7番 ヘ長調 作品77「田園」


指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ
ピアノ:アンドレイ・コロベイニコフ
演奏:NHK交響楽団(公式サイト

余談だがこのプログラム、今月来日してN響を振っている指揮者:フェドセーエフが指揮していてもおかしくない。特にスヴィリドフに関しては、「伝道師」と言っていい。今回演奏された「吹雪」も複数回録音がある。

Sviridov: The Snowstorm; Pushkin's Garland

Sviridov: The Snowstorm; Pushkin's Garland

スヴィリドフの組曲「吹雪」は、マイナー曲を漁っていて、「アタリ」と感じる数少ない作品。そんな曲、少ないんですよ。第2曲〈ワルツ〉が比較的知られているかと思う。アンコールピースとして聴く機会があるのだ。繰り返し聴きたくなる、コテコテのロシアンワルツ。全体的に遅めのテンポでじっくりと歌いまわしていて、好み。

スクリャービンのピアノ協奏曲が実演されるのは珍しい。CDで1、2回しか聴いたことがなかった。ショパンの影響云々よりも、個人的にはラフマニノフの香りが印象的。アンコールの練習曲の方が有名だったかもしれない。

グラズノフは知っていても、交響曲第7番がどんな曲か、スラスラ答えられる人は、案外いない気がする。もちろん実演は滅多に聴けない。第3楽章が派手で、さらに第4楽章には荘厳さが加わる。前2曲とは異なる、グラズノフが駆使した音楽技法を堪能できるのがミソ。会場で音楽の立体感に感心した。

ラストで盛大にフライング・ブラボー。曲を知らなかったことを責める気は毛頭ないが、ロシア繋がりで芥川也寸志の著書『音楽の基礎』(岩波新書)を引用して締めくくっておこう。まあ今なら、珍しい曲でも、予習できるのだがなあ。

(前略)音楽の鑑賞にとって決定的に重要な時間は、演奏が終わった瞬間、つまり最初の静寂が訪れたときである。したがって音楽作品の価値もまた、静寂の手のなかにゆだねられることになる。現代の演奏会が多分にショー化されたからといえ、鑑賞者にとって決定的なこの瞬間が、演奏の終了をまたない拍手や歓声などでさえぎられることが多いのは、まことに不幸な習慣といわざるをえない。


 静寂はこれらの意味において音楽の基礎である。
(『音楽の基礎』 P.3 岩波新書)

音楽の基礎 (岩波新書)

音楽の基礎 (岩波新書)

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