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穏やかに手厳しい人生訓 『心を豊かにする菜根譚33語』に寄せて

名言集・人生指南といった類の本を手にとってみたら、いかにも耳当たりの良い言葉ばかり並べられていて辟易することがいまだにある。

また、本のタイトルや序文が刺激的なので読み進めると、結構穏当・順当なことしか書かれていなかったり、「そこまで極端な話じゃなかったな」と思うことがある。例えば「~はしなくていい!」というタイトルに惹かれて読んだら、実際には「(部分的には)(時と場合に応じて)(従来やっていた回数ほど)しなくていい」という内容だった、など。

どうもこの類の本というのは、読み進めるうちに自身を顧みて葛藤が生じたり、「それはわかるけど、できるかどうかは難しいなあ」と苦い思いを抱くような内容のものの方が「アタリ」なのではないか。

そんな考えが今年の春先に読んだ『心を豊かにする菜根譚33語 東洋の知恵に学ぶ』 (著:多川俊映 祥伝社黄金文庫)で過ぎった。

心を豊かにする菜根譚33語 ~東洋の知恵に学ぶ~ (祥伝社黄金文庫)

心を豊かにする菜根譚33語 ~東洋の知恵に学ぶ~ (祥伝社黄金文庫)

『菜根譚』は中国の古典で、儒教・道教・仏教を学んだ洪自誠(こうじせい)の書いた随筆・人生訓の集成だ。それを仏教・唯識の入門書で知られる著者が読み解いたもの。著者の注目度が近年高まっていたのもあり、かねてから気になっていた本だ。

この本のテキストがタイトルの印象に反して、なかなか気骨ある内容なのだ。実は岩波と講談社学術文庫の訳注で『菜根譚』を読んだときはあまりピンとこなかったのだが、著者の読解した『菜根譚』の世界には惹かれるものがある。著者は仏教の知識だけでなく、プロ野球チームのコーチの話や世間一般の動向まで幅広く引用し、『菜根譚』を噛み砕いてくれる。そこで露わになる人生訓は、一見平易で平凡そうだが、決してそうではない。


収録の33語の中から今回ひとつ紹介するなら、人生・精神の在り方を説いた「人生晩年の精神百倍(前集一九六)」を挙げたい。以下引用:

[現代語訳]日がすでに暮れても、なお夕映えは美しく輝いているし、年の暮れに当たっても、橙橘(※)のたぐいは一段とよい香りを放っているではないか。そこで、晩年に際しては、君子たるもの、一段と精神を振い立たせて最後を飾るがよい。


※橙橘(とうきつ)・・・みかん等の柑橘類のこと。
(『心を豊かにする菜根譚33語 東洋の知恵に学ぶ』 (祥伝社黄金文庫 P.159))


現代語訳の「君子たるもの~」以下の文章が、原文では「更に宜しく精神百倍すべし」となる。また「精神を振い立たせて」というのは、むやみやたらに気合だけ入れるのではなく、「”大きく包括した自身の人生を静かに見つめ、熟成させることができる人”たるべく一層奮い立って」と捉えて頂きたい(そしてそれができるのが”君子”である)。

この原文の字面の魅力もさることながら、著者の洒落っ気交えた一文が、私には刺さった。以下引用:

いま、私たちの社会を席巻しているのはソフトやマイルドなゆる~い気分で、元気や勇気さえ、「もらう」ものになっています。いい歳のおとなが平然と、「元気をもらいました」なぞと言うのは、単に流行りの言い方をまねて使っているという表面的な問題ではなく、もっと根が深い。―元気や勇気さえ他人から、もらっちゃえ。そういう世の中なんでしょう。でも、元気や勇気というのは、それこそ太古の昔から「出す」ものだったんじゃありませんか。―そんなもの、他人からもらおうなんて、卑しすぎるよ。そうではなく、君子たらんと志せば、「更に宜しく精神百倍すべし」です。


(同 P.165)


年齢を重ねていく上で、精神の問題との関わり合いは避けて通れない。そういう”元気”を出せと言われても、という状況もあるだろう。だが一方で自らの内から湧き出すもの、そんな感覚も忘れていやしないか。自分というものを色々手繰り寄せる必要がありそうだ。
それを著者が別項で、”「心豊かに」とか「心の時代」とか、いうだけではダメで、心を鍛える。”と述べるような本である。

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