とりわけ今の時期がそうだが、「新社会人」や「新入社員」をターゲットにした読書・本の紹介記事をよく見かける。「読むべき本ベスト10」や「デキる新入社員になる20冊」⋯等々。記事の作成者の目的は様々だろうが、私などが読んでも「とにかく役に立つから是非読んで!」というオーラに溢れた魅力的な本と紹介文が並んでいるように思う。
中には本に対する前向きな興味・期待だけでなく、間近な未来に抱える悩みや不安を解消したくて、これらの記事や紹介された本に飛びつきたくなる向きもあるだろう。
今回は、そんなとき、そもそも「読書」にどう取り組み、向き合うのが良いのか、手引きとなる本の紹介を交え改めて書いてみたい。
”読書法”とは大仰なので、指針ひいては私信と捉えていただいて差し支えない。今一時の”必要”だけでなく、末永く読書と関わる一助になれば幸いである。
ちなみに記事タイトルについて。当初はスパッと「新社会人・新入社員」にして、ターゲットを絞った春向けの記事にするつもりだったが、記事の永続性を考え、少し改め対象を広げた。人の数だけ新たな節目はあるだろうし、まして皆が4月スタートの”春”でもないだろう。
「読書」をするにあたってこの一冊
話のミソは「読書との取り組み方・向き合い方」なので、本の列挙ではなく一冊の本から話を広げよう。
『人間通』(著:谷沢永一 新潮選書)の内容が、今でも大いに参考になる。
- 作者:谷沢 永一
- 発売日: 2008/05/01
- メディア: 単行本
本の買い方
前述のネットで見かける紹介記事や書評を見て、どれを買うべきか迷うことはないだろうか。目的が明確ならば尚の事、「この本で良いのか」と自問していないか。著者はそんな悩みにも率直に切り込んでくれる。『購書』の項より以下引用:
思いきって身銭をきることだ。日本経済の現状を知るためにはどの一冊を読んだらよいか。そんな吝嗇(けち)くさい厳選趣味を捨てて、その主題に関係があるらしい本を一冊残らず全部買ってタクシーで帰ったらよい。恐らく十万円もあれば大丈夫だろう。それを高価(たか)いと思う根性が間違っている。
(『人間通』より「購書」)
切る身銭の額は人それぞれだとしても、大いに奮発しよう。今なら通販が、本のチョイス・配達ともに便利な時代だ。タクシー代で本が買える。電子書籍なら配達の手間もない。
さらに筆者は、身銭を切ることについてさらに加えている。以下引用:
自動車が運転できるようになりたいと願う人は数限りない。独習は不可能だから必ず自動車教習所へ行く。その授業料として払う二十万円を誰が惜しいと思うか。それなら読書という明らかに一生を左右する重大な技術の獲得に、同じく二十万円払っても不服はない筈だ。
(『人間通』より「購書」)
そしてこの項の最後、「まず、買え。これが入門に不可欠の手続きである」と続く。
本の読み方
大量購入した後に筆者が薦めるのはもちろん、「片っ端から読んでゆく」。読み始めて、途中で「この本つまらないな」と思ったらどうするか。そんな直面しそうな状況もちゃんと抑えてある。以下引用:
単なる紙の束にすぎぬ本に可憐な義理立てなど要るものか。幾らか読み進んで嗚呼これは詰らぬと思ったら、無駄な時間を費やすのはやめて直ちに本を捨てるべきである。これは難かしくて解らんと感じたらそれも捨てる。自分の学識が次第に深まった近い将来、やっぱり読む必要があると悟ったとき改めて買い直せばよいのである。
(『人間通』より「我流」)
今ならデータの塊、と置き換えると、もっと気楽な気分にならないだろうか。そして電子書籍が隆盛の今、捨てずに将来のためとっておくことも、容易になった。買うことは、ますます損ではないのだ。
前述の「ベスト10」みたいな記事を見て買ったけど、ウーン、という時もこのことを思い出していただきたい。
そして「本」と出会う
上記の過程を経て、自身の「これはという役立つ本」に出会うのだ。ここに辿り着くまでにはもちろん、本との相性や「幸運」があると筆者は説く。そして、「本との出会いに遅すぎるということはない」と強調する。読書の効用は、新社会人云々問わないことをハッキリ示しているのだ。以下引用:
これこそ読むに足ると雀躍(こおどり)する書物を探しだすまでの、僅かな忍耐が実は非常に重要なのである。その場合の要諦は我流に徹する決意であり、世間の評判など気にしてはならぬ。書物は精神の食物である。誰がなんと言おうと自分が美味しいと食べた食品は我が身の栄養となるであろう。
(『人間通』より「我流」)
多読から始まり、ここまでくれば「読書」が身に染み付いているかと思う。例えば「本なんて、一冊読んどきゃ大丈夫」と言えるのは、色々読んだ上での実感だからこそなのもわかるだろう。
ちなみにこの記事が一冊の本を中心に進めているのも、私個人が他の本と読み比べての上でのことを、念のため書いておきたい。
最後に:本は別に読まなくても良い?
最後にこんな話題を出して締めくくろう。最近、全国大学生活協同組合連合会のWebサイトで「第53回学生生活実態調査の結果概要」が発表された。
この概要の「(2)読書時間・スマートフォン利用時間(図表16・17)」によると、大学生の1日の読書時間が0分の割合は53.1%とのことだ。この現況は如何だろうか。「最近の若い奴は⋯」などと哀れんだり、嘆いたりしてはいないだろうか。
そしてそれは、少し軽率ではないだろうか。
『人間通』の筆者の語り口は辛辣なようで、特に「若い世代」に向ける目は今も色あせない落ち着きぶりで、エールも暖かい。前述の通り、読書に関する以外の項も滋味ある内容なので、是非読んでいただきたい。以下引用:
現代の若者があれを読まなければ損だと書店に駆け込むような著作を誰も提供していないのが現代の病弊であり、その穴埋めに尽瘁(※)しているのが漫画(コミック)作者である。常用漢字の枠を難なく打ち破って豊かな語彙を駆使し、歴史の動態を通じて人間世界の常識を培うのに貢献しているのは劇画作家である。若者は頭を空白にしているのではないのだ。
※尽瘁(じんすい)⋯自分の労苦を顧みることなく、全力を尽くすこと。
(『人間通』より「若者」)
現代人が漫画を読んだり、スマホでニュースや情報・知識を得て何が悪い。読書を神聖視していないからこそ、著者の「読書との向き合い方」は傾聴に値する。今回紹介した本が、読書の指針に限らず、幸運な出会いになれば幸いである。
そして、残念ながらそうならなくとも、ぜひ貴方だけの良書を見つけて欲しい。