デジタルエンタテイメント断片情報誌

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『夢を背負って走る』 本の感想と第85回東京優駿(日本ダービー)に寄せて

かつてJRAに大崎昭一という騎手がいた。私が名前を意識し始めた頃には、既に「ベテラン」と呼ばれる騎手だった。

昨今、所謂ベテランや「○○界最年長」みたいな選手がスポーツニュースを賑わせているが、53歳まで現役(騎手生活36年)で、1000勝目指して苦闘していた(1999年の引退時970勝)姿は、今ならもっと注目されたと思う。

今の競馬ファンには、もはや薀蓄でしかその名前を口にすることはないのではないだろうか。例えば今の時期なら、ダイシンボルガードで日本ダービーを勝利した際、直線で厩務員が外ラチ沿いに乱入したこと、レース後ファンに胴上げされたこと。

ちなみに大崎昭一は日本ダービー2勝ジョッキーである。もう1勝のカツトップエース(皐月賞・ダービーの2冠馬)も、トライアル3冠馬・サンエイソロンの話題の陰に隠れることが少なくない。

また晩年を知っているファンからは天皇賞(秋)のレッツゴーターキンや、桜花賞のツィンクルブライド(2着)の名前が挙がるだろう。実績の凄さよりも、どちらかと言えば、その意外性が話題になる。

そんな大崎昭一の晩年のドキュメンタリーが収録された本がある。『競馬ノンフィクション 夢を背負って走る』(著:真船寛之 経済界)だ。雑誌『競馬最強の法則』に掲載されたものが収録されているので、雑誌で読んだファンもいるだろう。

夢を背負って走る―競馬ノンフィクション

夢を背負って走る―競馬ノンフィクション

晩年の大崎昭一は小倉や新潟といったローカル競馬場での騎乗が多かった。少なくなった乗鞍を求めてのことだ。その原因の一つに、本書でも触れられている新潟競馬場での八百長疑惑の事件がある。

疑惑の内容は主に「特定のファンに騎乗馬についてコメントした」というものだが、真相は私にはわからない。”新潟事件”などと呼ばれているようだが、そんな名前をつけられるほどの事件だったかと、当時の記憶を辿ってしまう。当人は「引退したら言う」と話しているが、もちろん現時点で暴露も何もしていない。むしろ本書を読む限り、八百長行為をするような人物には思えないし、後々になって何もかも暴露するような人物にも思えない。

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本書ではその事件を経た大崎昭一の晩年の孤独な戦いぶりが、本人の口調と同様に、淡々と綴られている。騎手としての厳しい状況を語る、「もう五十歳ですよ」「よくここまで来れたと思いますよ」「厳しいですよ」といった言葉が刺さる。事ある毎に口癖のように繰り返される、「どうってことないですよ」が心に響く。

引退後の言葉も印象的だ。やはり騎手として華々しく活躍したかった、という気持ちが率直に出ている。

「また、大レースを勝って、格好よくそのまま引退したい・・・。そういう思いが頭を過ぎることもありましたね。やってみたかったですね」(P.59)

そして無念さが滲み出ている「どうってことないですよ」がここで現れる。

「馬に乗れなくなるのは寂しい。・・・乗ってさえいれば、どうってことないですよ」(P.60)

電子書籍もなく投げ売り状態だが、騎手であり続ける、そのことにこだわった勝負師の姿が読める貴重な本だと思う。



来週5/27は第85回東京優駿(日本ダービー)である。そのダービーに、ブラストワンピースという競走馬が出走予定だ。
db.netkeiba.com

特に最近何かと話題になっているので、既にご存知のファンも増えただろう。ブラストワンピースを管理する現JRA調教師の大竹正博師の実父が大崎昭一である。大竹師の管理する馬がG1に出走する度に「大崎昭一」の名前をニュースで見かけることも多くなった。
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ブラストワンピースの母はツルマルワンピースである。そしてツルマルワンピースを管理していたのが橋口弘次郎元調教師である。前述のレッツゴーターキン等々、晩年の大崎昭一に騎乗を依頼していた調教師の一人だ。そのツルマルワンピースの仔が大竹厩舎所属となってダービーに出走する。競馬に創られたドラマを求める気はないが、私など意識せざるを得ない。

大崎昭一が別の本、『瀬戸際の勝負師』(著:井口民樹 現代書館)で語っていたことを思い出す。

「もう少し、ぼくが若かったら」
ひょいと、彼が言った。
「そしたら、息子に乗せてもらえるんですけどねえ」
(『瀬戸際の勝負師』 P.55)

その夢は実現しなかったが、この縁に、大いに期待したい。


まずはブラストワンピースには無事にレース当日を迎え、出走・完走してくれることが前提だ。ただ、大崎昭一曰く「二着ではダメですよ、勝負は」ということなので、もちろん目指すは勝利だ。そして私の馬券が当たれば言うことはない。

案外難しいのは最後だけではないか。

(2018/5/29追記)やはり、こうして記事にしたところで上手くはいかないものだ。そこが競馬の、現実の面白さだ。まだまだチャンスはあるので頑張ってほしい。実は『夢を背負って走る』には、デビューした頃の福永祐一のドキュメンタリーも載っている。この記事を書いた際に読み直していたので、「ああ、こちらのドラマか」などと感慨にふけってしまった。

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